第12話 御坊のお宮参り 2

 ところで末森城主である信行兄ちゃんが熱田に行くわけだから、もちろんお留守番がいる。ここのところ戦がなくてちょっと平穏だって言っても、岩倉織田とか今川とか美濃とか仮想敵国がそこらにいるからね。そうそう末森まで攻め込まれないだろうけど、一応、念のためにね。


 留守番役は林のジジイだ。美作守みまさかのかみって呼ばれてるジジィで、もうすぐ五十歳になる。信行兄ちゃんの家老で、信行兄ちゃんとか母上から凄く信頼されてる人だ。


 前世の五十だと、俺たちより若いんじゃないかっていうくらいエネルギッシュだったけど、この時代の五十歳はすっかりジジイなんだよなぁ。っていうより、林のジジイが老け顔なだけかもしれんけど。


 そして俺は顔を合わせるたびに「殿の真似などせず、ダンジョウノチュウを見習いなされ。まったく嘆かわしい事じゃ」って言われるから林のジジイは嫌いだ。ダンジョウノチュウって誰だよ、どっかの千葉のネズミかよとか思ったら、信行兄ちゃんのことだった。官職名で言われても分かんねーよ。


「いやあ。それにしても本日は良い天気でようござりましたな」


 俺の隣で轡を並べているのは、熊こと柴田勝家だ。


 戦国時代の馬は日本土着の馬だから、大きさはポニー程度でお腹がぽっこりしていて足が短い。時代劇に出てくるようなサラブレッドじゃないから、見た目はイマイチだ。でもサラブレッドは平地を駆けるのに向いてて、日本みたいな高低差のあるとこを走るのには向いてないって聞いたことがあるから、こういう山あり野ありの地形の場合は、この馬の方が向いてるんだろうな。


 そんな馬に体の大きい熊が乗ってる図、っていうのは、カッコいいと思うより、馬がつぶれないか心配になる気持ちのほうが強いけどな。


 前を行く信行兄ちゃんと、佐久間盛次はどっちかっていうと細身だからサマになってるな。


 なんで佐久間盛次が信行兄ちゃんの隣にいるかっていうと、盛次の居城はこの先の御器所城で、そこに一泊してから熱田神社に向かうことになっているからなんだ。


 馬だけで行くなら日帰りできる距離なんだけどね。さすがに駕籠に乗った母上たちや御坊がいるから、とってもゆっくりした道のりになるんだよ。


「うん。明日も天気だといいんだけどね」

「この陽気であれば大丈夫でござりましょう」


 なんの根拠もなく太鼓判を押して熊が笑った。


「そういえば盛次殿のところへそれがしの姉が嫁いでおりましてな。昨年子が産まれたのですが、しばらく会っておりませんので、会うのが楽しみでござります」

「勝家殿の姉上がですか?」

「さようでござる。それがしに似ず、美人と評判の姉でござった。子の理介も姉に似て、たいそうかわいらしい子でありましたぞ」


 熊の姉が美人だって? 本当かなぁ?

 実はそっくりだったりしてね。でもって子供は子熊。あ、子熊は可愛いっぽいな。


「ふーん。じゃあ、市姉さまよりも綺麗?」

「おっ、お市さまと比べましたら、それはもう月とスッポンでござるよ」


 だよねー。

 さすがに戦国一の美人の市姉さまに勝てる人はいないよね。


 それにしても熊のこの慌てぶり。

 最近ますます市姉さまが綺麗になってるから、母上より市姉さまに目がいってるみたいだ。母上みたいな性格の悪い女を好きになるよりは他の女性に目を向けたほうがいいよって思うけど、それが市姉さまとなると、うーん。熊の好きな相手が市姉さまと犬姉さま以外だったら、俺も応援してあげるんだけどなぁ。


 でも熊って、史実ではずーーーーーっと市ねえさまを思ってたんだよな。

 歴史オタクの山田は六十歳でやっと童貞卒業して戦国一の美人と結婚できたんだぞ、とか言ってたけど、一応熊は死別した嫁がいるから童貞じゃないだろ。

 でもずっと結婚してなかったのは事実っぽい。


 将来、市姉さまが嫁ぐ浅井長政は、夫婦仲は良かったけど、信長兄上を裏切って滅ぼされる運命だ。

 浅井長政と熊。

 市姉さまにとって、どっちと結婚するのが幸せになるんだろう。


 と、そこまで考えて気がついた。


 いや、別に他にもっといい相手がいたら、そっちでもよくないか?

 誰かいるかな。史実で早死にしてなくて、性格のいい相手。


 犬、却下。

 猿、却下。

 狸、却下。


 動物しかいないじゃん! 人間、人間で考えるんだ!


 うーんうーんうーん。


 ダメだ。この時代の人の名前が分からん。上杉謙信と武田信玄と今川義元と伊達政宗と、えーと、あとは誰がいたっけ?


 前田慶次ってこの時代かな? あー。でもなー。カブイてるんだっけか。男から見たらかっこいいけど、結婚相手となるとどうなんだ?


 いくら考えても、市姉さまにふさわしい相手は思いつかなかった。

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