第13話 千歯扱き

 秋がきた。収穫の秋だ。


 ってことで、千歯扱きさんの出来上がりを見に行くぞー! おー!


 信長兄上の直轄地である篠木郷って村に、千歯扱きの試作品が用意されてるらしい。別に信長兄上のほうで色々試してくれればそれでいいんだけど、一応俺も考案者ってことで、現場で試作品を試すのに立ち会って欲しいんだとか。


 俺も本物の千歯扱きってみた事ないし、農村の様子も実際に見てみたかったから、二つ返事でOKした。


 今回は数カ月前の不幸な事故を繰り返さないように、途中のお城には先触れを出した。お供は信長兄上から寄こされた猿だ。


 えへへん。以前の喜六とは違うのだよ。


 なのに、なんで「くれぐれも危ないことはしないように」という兄上からの手紙を猿から手渡されるんだろう? そんなに信用がないのかね? むう。げせぬ。


 猿はまだ足軽の身分なんで本来は馬に乗れないんだけど、俺のお手伝いをするためには馬に乗れないと、立派な使いっぱしりとして役に立たないということで、特別に馬に乗ることを許可されている。ちょっとヘッピリ腰だから、俺は偉そうに馬に乗るコツを教えてやった。


 うん。俺を尊敬するといいよ!


 これから行く篠木郷は末森の北にあるんだけど、今回は篠木郷の中でも真ん中辺にある篠木中郷に行くから、真っすぐ北上しないで少し北東に進んで向かうことにしている。


 いや、そのまま行くと守山城に行っちゃううんだよ。さすがに六月の事件があってから間もないからね。俺を誤射した責任を取って、守山城主だった信次叔父上は蟄居謹慎したままなんだ。

 そんなところに、叔父上の謹慎の原因である俺が守山の近くをウロウロしてたら、また誤射されかねない。

 っていうのは冗談にしても、家臣さんたちの不満は募るよね。


 そんなことはないと思うけどさ、万が一、家臣さんたちが不満を爆発させて、俺とか信長兄上にはついていけないって信次叔父さんをそそのかして謀反する、なんてケースもないわけじゃないから、ここは刺激しないように大人しく遠回りをしようという、俺の素晴らしい配慮だ。


 ほんと身内なんだから謀反とかやめて欲しいよ。血が繋がってるんだから、仲良くしようよ。


 信次叔父さんの住む守山は避けたけど、途中に信光叔父さんの居城の小幡城がある。でも今回は射られずに済んだよ。やったね!


「ここんとこ、天気がいいですから川も穏やかで良かったですなぁ」


 出っ歯の猿こと、木下藤吉郎が人の良さそうな顔で川上を眺めた。


「そうだね。それに景色もいいところだね」


 こうして静かな川の流れを見てると、戦乱に明け暮れる戦国時代にいるなんて信じられないくらい穏やかだ。一緒に船に乗るのが、出っ歯な猿じゃなくて可愛い女の子だったらもっと良かったんだけどな。


「もうしばらくして紅葉の時期がくると、もっと綺麗なんだそうで」

「へえ。そうなんだ。その頃にまた来てみたいね」


 そんな会話をしながら、竜泉寺の近くにある下津尾の渡しから庄内川を渡る。

 紅葉かぁ。ゆっくり見に来たいけどどうだろうなぁ。戦がなければ来れるだろうけど。


 基本的に、戦は秋と冬に行われる。なんといっても戦いの主力の足軽たちは、農民だからな。そして農民の本職は農業だ。つまり作物を収穫して、それを税金として納めなければいけない。作物をほったらかして戦いに行けなんて命令をしたら、それこそ一揆でも起こされて、俺たちの首が物理的に飛ぶ。


 だからそうならないように、戦をするのは秋の収穫が終わってから、次の春の種まきの時期までだ。


 今年はどうなるんだろうな。小競り合いくらいならいいけど、大きな戦がないといいんだけどな。


 そんなことを考えながら、収穫の時期を迎えて忙しそうな農民たちを見ながら、篠木村へと向かう。篠木村は三郷に分かれていて、今回行くのは篠木中郷ってところだ。


 村に着くと、既に稲は刈り取られていて、何種類かの千歯扱きが用意されていた。

 猿に紹介された村長の仁左衛門が、俺たちの姿を見て深く腰を曲げた。


「さっそく用意してくれとったか。ご苦労さん」


 猿は気安く村長に話しかけると、さっそく刈り取って束になっている稲を一つかみ手に取った。


「さて。そんじゃこの千歯扱きとやらを使ってみましょうかね」


 千歯扱きは、収穫した稲を脱穀する装置だ。原理は簡単で、とがった櫛のようなものを逆さに置き、その間に稲をくぐらせて、稲を茎から外す。ただそれだけだ。

 ただそれだけの装置なんだけど、これが脱穀の時間短縮に凄く役に立つんだよ。


 なんといっても、これまでは、こきはしっていう短く切った竹の棒二本の間に稲をくぐらせて脱穀してたらしいからな。この方法だと、一日で脱穀できる量は、男が約12束、女が約9束ってところだったらしい。

 それが千歯扱きを使えば、倍以上の脱穀ができる。時間も短縮できるけど、農民たちの仕事が楽になるっていうのが大きいよな。


 藤吉郎は、千歯扱きの歯の部分が、それぞれ二尺(約60センチ)、三尺(約91センチ)四尺(約120.5センチ)のもので脱穀を試した。歯の隙間も二尺のものが1ミリくらいで一番狭く、四尺のものが一番広くなっている。


「うーん。二尺のものは、途中でひっかかる稲もあるね」

「ですなぁ。こっちの三尺のものが、一番具合がいいですなぁ」


 色々試したけど、三尺の千歯扱きが一番使い勝手が良さそうだった。


「しっかし、この千歯扱きっちゅうのは、えらいもんですなぁ。脱穀があっという間に終わりますな」

「そうだね」

「こりゃあ、後家さんが困りそうじゃ」


 ポツリと呟いた猿の言葉に、俺は首を傾げる。


「なんで後家さんが困るの?」


 そう尋ねると、猿は日に焼けた頬をポリポリとかいた。


「後家さんは稼ぎがありませんからね。こきはしの仕事で食ってるもんも多いんでさ」

「えっ。そうなの。じゃあ後家さんたちはこれから困るよね」


 困るなんてもんじゃないか。遺族年金もないし、収入が途絶えたら家族が生活できなくなる。

 農民の後家さんっていうのは、夫が戦に足軽として戦いに行って死んじゃったって人がほとんどだもんね。


 うーん。便利な道具を考えるのはいいけど、それで今までの仕事をなくしちゃう人もいるんだろうから、その人たちの救済も含めて考えないとダメだなぁ。


 何か、後家さんたちの生活が楽になるような仕事ってないかなぁ。

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