第10話 下剋上のすゝめ 2

「して、喜六。これはどのようにして使うのだ」


 泣き止んだ俺は、微妙に顔の赤い信長兄上を見て、にこにこしていた。

 やだなー、もう。信長兄上ったら、ツンデレさんなんだから。


 知らなかったよ。戦国の覇者、織田信長がツンデレとかさ。これはもう、萌えるしかないよね!


「夜着の代わりに使います」


 夜着、といっても現代で言うパジャマとは違う。寝る時にかける着物のことで、ちょっと厚手になっているのだ。この時代、掛布団がまだ存在してないから、こういう着物を上にかけて寝るのが普通だ。


 信長兄上とか信行兄ちゃんなんかは、綿入りの豪華バージョン夜着を着ているらしい。大きめのハンテンって感じで、冬とかはあったかそうでいいなぁ。


 俺? 俺ね。ふっ。しがない八男坊がそんな豪華な夜着を着られるわけないじゃん。これからはかけ布団があるからいいけどね。キルト布団、ばんざーい。


 もちろん敷布団もないから板敷でそのまま寝るか、畳を敷いてその上で寝るか、ござの上で寝るか、敷布の上で寝るかって感じだ。俺の部屋には一応寝るとこだけ畳が敷いてあるけど、結構背中が痛くなる。多少は慣れたけどな。


 次はキルトの敷布団かな。1枚だとあんまり変わりがなさそうだけど、2枚くらい重ねて敷けば結構いいんじゃないかな。あ、でも畳の上にそのまま敷布団置くと、畳が湿気るんだよな。毎朝敷布団をたたんでしまえばいいんだろうけど、万年床にすると、かなりヤバイ。危険だ。未確認キノコ物体が生えてくるかもしれん。


 そういえば前世でもスノコベッドっていうのを使ってたっけ。あれならこの時代でも作れそうだな。

 スノコベッドの上にキルト布団を敷いたら、スノコの隙間が背中に当たって痛いかな。やっぱり、せめて綿の敷布団が欲しいところだよなぁ。


 できればマットレスがあれば完璧なんだけどな。

 マットレスは……綿とコイル、か。コイルならなんとか作れそうだと思うけどどうだろう。刀作ってるんだから、鉄を扱う技術はあるはずだよな。

 ワタが見つかったら、コイルを作れるかどうか、信長兄上に聞いてみよう。


「ほう、夜着の代わりか」

「このようにして寝れば、寝返りも打てます」

「武士は寝返りなどせず、動かずに寝るものだ」


 そんな無茶な。ああ、でも寝返り、って言葉がよくないのかもしれないな。「裏切る」の意味でも使われるし。

 でも、全く動かないで寝るとか無理じゃないのか? 健康にも悪いぞ。


 え? 戦場では敵襲が分かるように地面に耳をつけて寝るの? それ、ちゃんと睡眠取れるの?

 戦場ではまともに睡眠を取れると思うな、死ぬぞ、って……。


 いや、まあ、その通りなんだけど、ここは戦場じゃないじゃん! 家の中でくらい、しっかり寝ようよ。


 確か信長兄上が好んで歌った『敦盛』って人間五十年、って歌うんだったよな。もしかしてこの時代の寿命が五十年しかないのって、睡眠時間が足りないからじゃないのか!?


 そうだよ。だって家康とかは凄い長生きしてたはず。だから不摂生しなければ、平均寿命はそんなに違わないんじゃないかな。


 よし、決めた。俺の目標は百歳で大往生だ。もちろん畳の上で。


 そう宣言したら、何言ってるのこの子、って目で市姉さまに見られた。犬姉さまは「喜六郎は面白いことばかり言いますのね」と袖を口元にあてて笑っている。


 きっと信長兄上は分かってくれるよね、と期待のまなざしで見上げたら、ゴチンと頭をゲンコツで殴られた。


 むう……げせぬ……。

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