第9話 下剋上のすゝめ 1

 信長兄上に一生懸命作ったマイ枕を取られた俺は、しばらくハートブレイク状態で腑抜けていた。

 だってさ、まだ元服前の織田喜六郎くん十歳がさ、前世での快適生活を取り戻そうと、それはもうがんばってマイ枕を作ったんだよ? それをさ、「ほう、これは良さそうだな」の一言で持って行っちゃうなんてさ、信長兄上の鬼! 悪魔! だから後世で第六天魔王とか言われるんだよ!


 こんな風に人の心を持たないから、本能寺の変で明智光秀に裏切られるんだ!

 いや、それ以前に俺が下剋上してやる! 前世の知識なめんなよ!


 あれだ。この時代一番の天才軍司の竹中半兵衛を味方にすればいいんだよ。そしたら信長兄上の鼻を明かせるはずだ。

 よし、今、半兵衛がどこにいるのか探してみないとな! 確かどっかで隠居してるのを、秀吉が三顧の礼でもって召し抱えたはずだ。ってことは、俺が秀吉より先に三顧の礼ってのをすればいいんじゃないか? 確か三回頼みに行くんだよな。まるでRPGみたいだよな。


「仲間になってください」

「いいえ」

「仲間になってください」

「いいえ」

「仲間になってください」

「はい」


 テレッテレレレ~。

 竹中半兵衛が仲間になった!


 みたいな。


 そう思ってたんだけど、さ。

 誰も竹中半兵衛を知らないんだよ。うーん。まだ無名なのかな。


 くそう。絶対秀吉より先に見つけて仲間にしてやるぞ!





 そんな誓いを胸に秘めてから数日後。

 諸悪の根源、信長兄上が何事もなかったかのように末森城を訪れて、姉さまたちと俺を集めた。


 信長兄上にマイ枕を取られてから、どうやって下剋上をするか考えてもその手段がなくて行き詰ってたけど、まだ下剋上は諦めてないからな。

 ふふん。俺はもう信長兄上には騙されないもんね。何かお土産っぽい包みを持ってるけど、たとえ凄いお土産持ってきたって、マイ枕の恨みは一生忘れん!


「信長兄上、これを市にくださいますの?」

「犬にもですか? 嬉しい」

「うむ。喜六の考えたものだが、なかなか良いぞ」

「まあ。兄上、喜六郎、ありがとう存じます」

「兄上、喜六、犬はとても嬉しゅうございます」


 でも。

 信長兄上は俺の作った枕を参考にして、同じ枕を作らせていた。自分用と姉上用の三個。そして姉上たち用の枕を末森に持ってきてくれたということらしい。


「喜六、借りていたこれは返すぞ」


 俺のマイ枕!


 ポンと投げ渡されたのは、俺が市姉さまと一緒に作ったマイ枕だった。

 信長兄上に盗られたんじゃなかった! 返ってきた!


 喜んでスリスリ頬ずりしていると、そんなに嬉しいか、と信長兄上の声が聞こえた。


「それは嬉しいです。だってもう返ってこないかと思ってましたから」


 そう言うと、信長兄上は決まり悪そうに視線をそらした。


「弟の物など、取るわけがなかろう」


 いや。毎日快適に眠ってるとか言ってたような気がするんだけどな。あれ? 幻聴?

 まあいいや。

 どっちにしても戻ってきたから問題なし!


「ふふふ。兄上はいつも言葉が足りないのですよ。此度もまた、喜六郎に借りていくと断りもせずに枕を持っていかれたのでしょう? それではもう返してもらえぬのだと、喜六郎が心配するのも当然です」


 犬姉さまが口元を袖で覆ってくすくすと笑った。ちょっと勝気な市姉さまと違っていつもおっとりとした雰囲気だけど、信長兄上に臆することなくはっきり物を言う犬姉さまは、もしかしたら織田家最強かもしれない。

 あれ? 俺の周りって、母上含めて気の強い女子ばっかり? あれ? あれ? 癒し系女子、どこー?


「喜六」

「はい」


 犬姉さまにたしなめられてちょっとご機嫌斜めの信長兄上は、もう一つのちょっと大きめの包みをまた俺に投げた。微妙にノーコンだったのは、絶対わざとだったに違いない。その証拠に態勢を崩しながらキャッチする俺を、ニヤニヤしながら見てたからな。本当に性格が悪いよな。


 内心でプンスカしながら包みを受け取った俺は、包みを開いて驚いた。

 だって、そこには、後で作ろうと思ってたキルトの布団が入ってたんだ。一枚だけだけど。でも。


「あ、兄上……これは……」

「ふん。何に使うのかは知らんが、大きい物も欲しいと言っておっただろう。枕を借りていた礼じゃ」

「あ、あにうええええええええええ」


 俺は思わず信長兄上に抱き着いて泣いてしまった。

 だってさ、俺の枕はもう絶対に返ってこないと思ってたんだ。一度使ったらその良さが分かるからさ、俺だって返したくないって思うからな。

 でも、ちゃんと返ってきた。

 しかも倍になって!


「き、きろくっ! 男がそのように人前で泣くでない」

「あにうえええ、あにうえええええ。私は兄上に一生ついていきますううううううう」


 ごめん、ごめんよ。兄上。もう二度と下剋上なんて考えないから、許してくれ!


 わんわん泣く俺を、でも、信長兄上は突き放すでもなく、抱きしめるでもなく。ただ途方にくれたように俺を見下ろしていた、らしい。





 その日、俺はまた末森で新たな奇行の伝説を作ったのだった。


 織田家の御曹司ならぬ、奇行子きこうしってね。そこは同じ読みで、貴公子じゃないのかよ、失礼な。


 HAHAHA。

 いいんだ。もう俺の評判なんて地に落ちてるから。

 ちっとも悲しくなんてないやい。

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