第6話 うどんにダシは必要だよね 2

 よし、次は汁だ。

 この時代、料理を作る時にダシを取るってことがなかったらしい。ダシは取ろうよ、ダシは。うま味が全然違うんだからさ。

 とりあえずカツオ節みたいなのはあったから、それを小刀で薄く切ってダシを取った。


 本当はシイタケも入れたかったんだけど、驚くなかれ、戦国時代のシイタケはマツタケ並に貴重品だったんだよ。むしろマツタケのほうが廉価品。シイタケなんて前世じゃスーパーで198円くらいで買えたんだけどな。

 ん? なんで俺がそんな値段まで知ってるかって? そりゃあアラサーのアパート独り住まいなんだからさ、食費節約の為にたまには自炊くらいしたんだよ。自炊より、牛丼屋にお世話になった方が多いけどな。


 でもシイタケかー。栽培方法を知ってれば一気に大金持ちになれたんだけどな。キノコって胞子で増えるんだよな。そういえばなんか切った木を立てかけて、そこにシイタケを栽培してなかったかね? うーん。思い出せん。木に傷でもつければ、胞子が入りやすくなりそうだけどな。


 この間、信長兄上と話してる時にそんなことを言ったら、何か誰かにめくばせしてたような気がするけど気のせいだよな? シイタケができなくても俺のせいじゃないからな!


 醤油もなかったけど、似たようなのがないかダメ元で聞いてみたら、味噌を作った時に桶の底にできる味噌だまりがあった。目をつぶって食べれば醤油だと思えないこともない。うん。これは醤油だ、醤油。俺がそう決めた。これを使って汁を作ろう。


 で、後はうどんを伸ばして切ったらゆでて、できあがりだ。


「おお、これはうまいな。喜六」


 信長兄上がお椀に入れたうどんをすすりながら褒めてくれた。忙しいのに末森城まで食べにきてくれたんだ。ありがたいね。


「ほう。味噌だまりがこのようにうまいとは、知りませんでしたな」


 信行兄ちゃんも、いつものしかめっ面を返上してにこにこしている。あれだね。おいしいは正義だよね。おいしいものを食べて、兄弟喧嘩とかは忘れるといいよ。


「さすが喜六郎さまですな! このようにうまいものを作られるとは!」


 うん。熊は髭の周りの汁をどうにかしようよ。ベタベタになってるぞ。


「ほう。これはなかなか……」


 信長兄上のお目付け役兼、毒見役で一緒に来た、丹羽長秀がお椀に残った汁をズズズと全部飲み切った。うんうん。ダシの効いたつゆはおいしいよね。


 今回の力労働の報酬として、藤吉郎も端っこのほうでうどんを食べてる。他のお目付け役の人たちは量が足りなくて食べれてないから、凄く恨みのこもった目で見られてるけど、気にしないで黙々と食べてる。……肝の据わり方が、さすが秀吉だね。


「これで鴨とネギ入れたら最高だなぁ……」


 おつゆを飲みながらそう言うと、信長兄上が反応した。


「ほう。そんなにうまいか」

「鴨のダシが出ますからね~。蕎麦でもいいなぁ。こう、ツルツルっと食べて」

「……蕎麦もこのうどんのように食すか」

「もっと細く切りますけどね。基本は同じですね」

「して、喜六郎はどこでそれを食したのだ」


 ズズズと最後のつゆの一滴を飲み干したままの状態で俺は固まった。


 もしかしたらいつかその質問がくるかもしれないって思ってはいたけど。まさかおいしいもの食べて気の抜けたこのタイミングでくるとか思わなかったよ!

 信長、こええええええ。


 でもなんて答えればいいんだ。

 えーと、あれだ。前世の記憶だ。

 だけど時間的には未来になるんだよな。ってことは前世じゃないのか!?


 ああ、でも信長兄上はずっと俺の事をおかしいと思ってたんだろうな。死にかけてから、いきなり変わったことをやりはじめたからな。


 でもこれ、正直に話しても、下手すると怨霊が憑りついたとか言われないか。いや確実に言われるな。

 ええい。ままよ!


 俺はうどんの入っていた椀を置くと、信長兄上の顔を真っすぐに見た。


「胡蝶の夢を見ました」

「ほう。では喜六はどんな一生を送ったのじゃ」

「平凡な一生でございました。ただ、ここにはない物もたくさんありました」

「このうどんのように、か?」

「はい」

「そこでは民の暮らしはどうじゃった?」

「戦も、飢えもない暮らしでした」


 世界のどこかで戦争はあったけど、日本では第二次世界大戦の後は戦争はなかった。だから平和な暮らしを送れていたんだけどな。

 戦さをするのが当たり前のこの時代にいると、それがどんなにありがたかったことか、本当によく分かる。


「戦も、飢えもない暮らし、か」

「はい。ですから、兄上がそんな世の中を作ってください」

「……わしが、か?」


 信長兄上だけじゃなくて、信行兄ちゃんも目を見開いて驚いている。

 でも俺は知ってる。知ってるんだよ。

 志なかばで倒れたけど、織田信長は戦のない世の中を目指して戦国を駆け抜けるんだ。

 だからさ、だから俺は。


「そのためにも、この喜六郎。全身全霊をもって、兄上のお力になりたいと思っております」

「喜六よ……」


 頭を床につけるほどに下げてそう言うと、信長兄上が感極まったように俺の名前を呼んだ。

 うん。でも感動するのはもうちょっと待ってね。


「あ、できれば戦働いくさばたらきではなく、内政でお力になりたいです」


 俺は現代っこだからね。あ、未来っこなのか? ともかく、人を殺すのも殺されるのも嫌だな~なんて……あ、そうですよね。許されませんよね。信長兄上だけじゃなく、信行兄ちゃんも何言ってるんだってあきれ顔で俺を見てる。


「このうつけめ。わしの力になりたいと思うなら、槍働きでも役に立て」


 わーお。日本一有名なうつけサマにうつけ呼ばわりされちゃったよ。なんかちょっと嬉しいね。


「善処します……」


 信行兄ちゃんとか丹羽長秀の苦笑が聞こえる、ある意味和やかな試食会を終えて、俺はなんとか戦に行かないで済む方法を考えないとなぁなんて、戦国時代の武家の男としては失格もののことを考えていた。

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