第4話 織田さんちの八男になりました その3
それからの俺は眠っては起き、眠っては起きを繰り返してたんだが、一週間ほど寝込んだ後は、なんとか体が起き上がるようになってきた。
それにしても戦国時代、怖いな! 矢で射られた傷に馬の糞を塗ろうとするんだぜ! 訳が分からないから!
慌てて傷口に水を流して、綺麗な布を当てたさ。それから硬いご飯を食べさせようとするから、おかゆを作ってもらった。
なんていうかね、現代の生活がいかに恵まれていたかを痛感したよ。ご飯は硬いしまずいし、おかずもしょっぱいしね。しかも肉とかは一切ないし。卵もないから、当然卵とじのおかゆもない。あと味噌汁はダシなしの味噌汁だ。だしの素が切実に欲しいよ。
それから夜が真っ暗なのが困るんだよな。ロウソクもないから、夜中にトイレに行きたくなっても真っ暗で行けないんだよ。一応、病人の間はお付きの人っぽいのがトイレっていうか、この時代の言葉でいうと厠に連れていってくれるけどさ。いくらまだ俺が子供だからっていっても、それでも結構恥ずかしいものがあるんだよ。
とはいえ、だ。どう考えても、俺は死んだか何かして、この世界に来たんだろうなぁ。いわゆる、憑依か、とも思ったけど、最近はうっすらと喜六郎の記憶ってやつも蘇ってきてる。
つまりこれはあれだ。よくある転生ものの、階段から落ちて頭を打って前世を思い出したってやつだ。
俺の場合は馬だったけど。
それでもって、ここは戦国時代の織田信長の生きてる時代だ。俺はその織田家の八男になる。喜六郎なのに八男とはこれいかに。信長兄上も次男なのに三郎だしな。そこら辺は適当なのかもしれんね。
年は数えで十歳になる。現代でいうと九歳くらいなのかな。
あ、二十代後半だと思ってた信行兄ちゃんはまだ二十歳そこそこだった。頭のてっぺん剃ってるから、老けて見えただけらしい。
ちなみに姉に戦国一の美女と名高い市姉さまもいる。今は美少女って感じだ。その上の犬姉さまも美少女だ。織田家が美形揃いっていうのは本当らしい。
そして俺は市姉さまにそっくりと言われている。
つまりあれだ。戦国一の美少年てわけだ。嬉しくないけどな。
いやだって、この時代ってさ、ホモが当たり前なんだぜ!? 俺の顔見て顔を赤らめる熊とか、見たくないんだよ!
それと信行兄ちゃんと、家来で元小姓の津々木蔵人がイチャイチャするのも見たくないからね!
ちなみに俺たちの親父さんはもう四年前に死んじゃったから、嫡男の三郎信長兄上が家督を継いでる。いや、実は信長って長男じゃないんだよ。その上に信広って庶子がいるんだ。しかも戦上手で、死んだ親父さんからも可愛がられてたらしい。
うわぁ。これって謀反の兆候アリアリじゃないのか?
大学時代の親友の山田が結構歴史好きでよく語ってたけど、確か信長って自分から同盟を破ったりしたことってないんだよな。それで兄弟にも甘くて、兄と弟が謀反を起こしても、一度は許してるんだとか。
ただし、弟は二度目の謀反を起こしたから、その時は許されなかったらしいけど。
ん? 弟?
いやいやいや。俺は謀反なんてしないよ。戦国時代であっても平和が一番だからね。
と、そこで信長兄上と性格が合わなそうなもう一人の兄のことを思う。うーん。信行兄ちゃんって、信長兄上とは性格が合わなそうだよなぁ。しかも、信行兄ちゃんの家来の林美作守ってやつが、何かっていうと信行兄ちゃんを持ち上げて信長兄上を下げるんだよな。どー見ても、うさんくさいんだよな。
信行兄ちゃんは、真面目で義理堅い。その反面頭が固いけど、織田家だけを考えるなら、当主としても十分やっていけるとは思う。部下にとっても、理解しやすい上司だし、言い方は悪いけど傀儡にしやすいんじゃないかと思う。
でも信長兄上の目は、尾張一国のその先を見ている。だからこそ先進的すぎて理解されない事が多い。それでもって、傀儡になんてとてもじゃないけど、できないだろう。
だけど今は戦国時代だ。食うか食われるかのこの時代で、信行兄ちゃんが当主になったら、織田家はがっつり食われて終わるだろう。何と言っても、今川とか武田とかチート武将がうじゃうじゃいる時代だからね。お隣の斉藤義龍だって、尾張を食おうと虎視眈々と狙ってるはずだ。
その中で生き残ろうと思ったら、信長兄上の才覚に頼るしかないんだけど……それをこの時代の人たちが理解するとも思えないんだよなぁ。
それでも本能寺の変までは信長兄上は生きてるはずだから、何とかなるとは思うんだけどな。
その前に桶狭間の戦いがあったっけ。それに勝って、織田包囲網をくぐりぬけて……って、考えたら結構大変そうだなぁ。ああ、もっとちゃんと歴史の勉強をしておくんだった。特に戦国時代。
できれば俺は戦いには出ないで、内政とかそっちをやりたいんだけどな。
農家兼アイドルの五人組が出てるあの番組で見て、田植えの仕方とかロウソクの作り方なんかはある程度覚えてるから、それで戦国時代の食生活の改善をしたいところだ。あ、他の番組で真珠の養殖とか硝石の作り方なんていうのも見たな。
あとは風呂だよな、風呂。この時代の風呂って蒸し風呂っていうか、サウナみたいなのしかないんだよ。小屋の中に熱した石を置いて、そこに水かけて蒸気で汗を流すだけなんだ。一週間ぶりに風呂に入れるぞーって喜んだのにさ、お湯につかれないなんて肩すかしだよ。まだ矢傷が完全に治ったわけじゃないから全身お湯につかるのは無理だとしても、半身浴くらいはできると思ったのに、がっかりだ。
しかも石鹸がないから体が綺麗になった気がしない。確かムクロジって木の実か何かが石鹸の代わりになるんじゃなかったかな。
そうだ。確か歴史オタクの山田が尾張温泉っていうのが蟹江町にあるって言ってたから、そこら辺掘ってみれば温泉が出るんじゃないか? どれくらい掘れば出るのか分からんけど。あと蟹江町っていうのがどこかも知らないけど。
尾張温泉っていうくらいだから、尾張にあるんだろうと思う。っていうか、俺の快適なお風呂タイムのために、存在しててくれ。
ひょんなことで織田家の八男に生まれ変わっちゃったみたいだけど……なったからには、精一杯生きて行こうと思っています。
とりあえずの目標は、ロウソクを作って夜の厠タイムを快適にすることだけどね! さすがに十歳になっておねしょは恥ずかしいからね!
えーっと、ロウソクはハゼの実を使って作るんだったよな。じゃあ誰かに採ってきてもらわないとだめだ。
俺は今、信長兄上に自宅謹慎を言いつけられてるからな。
うん。毎日お見舞いに来てくれる信長兄上に、誰か手伝ってくれる人がいないか聞いてみよう。秀吉ってもう兄上の家来になってるのかな。犬こと前田利家はもう信長兄上の家来になってるから、秀吉が来たら、勝家が熊だから、熊と犬と猿で動物園みたいになるな。
織田信長の弟に喜六郎なんていたのか、いなかったのか。それすらも知らない。
だけど俺が今、織田喜六郎なのは確かなんで―――とりあえず、死なないようにしながら、織田家の八男をやってみたいと思います。
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