ユッキー社長の計画
エレギオンHDの経営は順調なのですが、お二人はどうにもコソコソと相談されている気配があります。こうやってミサキを外してお二人で相談を重ねる時にはロクな事がないので要注意です。
だいぶ前に大騒ぎになったのがバーベキュー。もちろんお二人がバーベキューをされても本来は問題などないのですが、やらかしたのが三十階仮眠室の庭。あそこはクレイエール・ビルの中ですから、煙がモクモクと上がれば火災探知機が作動する訳で、ビル中に警報が鳴り響き、スプリンクラーが作動します。ミサキが大慌てで駆けつけると、
「雨が降って来てもた」
「天気予報は晴れだったのにね」
そんな問題じゃないでしょうが。バーベキューで懲りたかと思ったら次にやらかしたのが落ち葉焚きによる焼き芋、その次が花火、七輪でサンマ、庭で燻製作り・・・ある日なんて井桁に薪が積み上げてあり、
「社長あれは」
「今晩は女神が集まる日でしょ。コトリがキャンプ・ファイアしようって」
エエ加減学習しろとお二人にコンコンと説教し、しばらく無くなり油断していたら、庭の一角になにやらレンガ作りのものが、
「社長、あれはなんですか」
「ピザ窯作ろうと思って」
もちろん中止させました。あれは絶対わざとやってるとミサキは確信しています。今日は社長から折り入って相談があると呼ばれています。
「バカンスを取ろうと思うの」
ユッキー社長は就任以来、彗星騒ぎ、宇宙船団騒ぎとそれに便乗した企業拡大で、まとまった休みを取った事がありません、コトリ副社長も同様です。一方でミサキやシノブ専務は時々お休みを頂いてます。社長や副社長が休んでいないのにと、どうしても思ってしまうのですが、
「旦那持ちは、ゆっくり時間を取って燃え上がる時間が必要よ。ミサキちゃんは燃えたくないの。マルコは燃えたいと思ってるはずよ」
「そやでミサキちゃん、ファイア、ファイア」
有無を言わせず、毎年一か月ぐらい頂いてます。経営の方も買収した企業もほぼ軌道に乗って順調で、当面はこれといった問題や課題もありませんから、
「賛成です。社長にもお休みが必要です」
シノブ専務も同じ意見だったのですが、
「悪いけどコトリと一緒にバカンスにする」
「ちょっと待った、ユッキー。それは聞いてないで」
「あら、そうだったかしら」
「二人一緒はまずいやろ」
「違うわよコトリ、三人一緒よ」
そこで三人から、
「三人一緒だって!」
どういうこと?
「ホントは四人一緒にしたいのだけど、さすがにそれはね。だからシノブちゃんには悪いけど留守番してもらう。ごめんなさいね。次はシノブちゃんも一緒に行こうね」
「シノブ専務が留守番ならミサキも一緒ってことですか」
「あら、イヤなの。旅行は大勢の方が楽しいじゃない」
こ、これはユッキー社長の暴走系。でも社長と副社長が一緒に旅行するならミサキもいた方が無難なのは間違いありません。
「ユッキー、バカンスいうても、どこいくつもり。また有馬温泉とか」
これ実際にあったお話で、水道筋商店街になぜか買い物に行かれ、そこの福引で特等のペアで有馬温泉一泊二日当てちゃったのです。もっとも、
「どうしても行きたかったし・・・」
どうも女神の力まで使ったようです。それぐらい自前で払えよと思ったものですが、
「あれは楽しかった。それに温泉はお肌に良いし」
いまさら有馬温泉と思わないでもありませんでしたが、思えば社長就任以来、唯一のプライベートの旅行です。
「今度はバカンスだから、ヨーロッパにする」
「ユッキー、コトリは留守番しとく。三人で行って来て」
コトリ副社長の大の苦手は時差。これは女神依存性のようで前宿主の小島知江時代も苦しまれていましたし、立花小鳥になっても同じです。ですからとにかく海外出張を嫌がられます。それで何度か女神の喧嘩が勃発したぐらい嫌がられます。
「だいじょうぶよコトリ、今度は時差ボケにならないわ。ちゃんと考えてある」
「アカンて、睡眠薬使ったぐらいじゃ話にもならへんし」
「だから、だいじょうぶだって。飛行機じゃなくて、船で行くから」
ミサキもコトリ副社長も声をそろえて、
「船だって!」
ユッキー社長は、
「そうよ。コトリは時差には弱いけど、乗り物には強いから心配ないわ」
船、船ってことは、ひょっとして、ひょっとして、豪華客船でのクルーズとか、天下のエレギオンHD社長の休暇ですから余裕で可能ですが、
「ユッキー、うちの系列の貨物船にでも便乗させてもらうんか」
「なに言ってるのよコトリ、ちゃんと客船で行くわよ」
「いくら見た目が若い言うても、世界青年の船に乗るのは無理あるで。ユッキーやコトリはギリギリ・セーフかもしれへんけど、ミサキちゃんは青年やなくて、もう青年の親やんか」
余計なお世話です。
「どうしてコトリはそんなに貧乏くさいことを次々と思いつくのよ。プリンセス・オブ・セブン・シーズでの本当のクルーズよ」
えっ、あのプリンセス・オブ・セブン・シーズに乗ってのクルーズだって。老舗のシルバー・スター海運の最新の豪華クルーズ船。世界のセレブの憧れってやつ。たしか九万トンぐらいでパナマ運河を通れるマックスサイズ。
とにかく中身はウルトラ豪華だそうで、クルーズ船ランクで最高級はラグジュアリー・クラスになりますが、その中でもプリンセス・オブ・セブン・シーズはさらに別格ってのが定評。
そりゃ、クルーズ船としては文句の付けようのない船だけど、当然のように乗船価格も世界最高級。一番安い部屋の三日ぐらいの短期クルーズでも五十万円ぐらいしたはずです。さらにここで追い討ちが、
「それでね、バカンスはバカンスなんだけど、ちょっと事情があって出張扱いにさせてもらうわ」
ちょっと待った、ちょっと待った、プリンセス・オブ・セブン・シーズの船賃を経費で落とそうって言うの、
「社長や副社長が休暇に使われる分には問題ありませんが、これを出張経費で落とすのは無理があり過ぎます」
ユッキー社長は大きなため息をつかれて、
「どうして二人とも素直に喜べないのよ。豪華クルーズ船による旅行だよ。それもあのプリンセス・オブ・セブン・シーズでだよ」
「そんなん言われても高いやんか。あの手の客船って安くても二百万ぐらいは軽くするやろ。それもやで、そんだけ払って最低ランクやんか。それやったら時差ボケ我慢して、飛行機のファースト・クラスで行った方がお得やんか」
「そうですよ、それぐらいならなんとか経費の理由を作れます」
あきれ顔のユッキー社長でしたが、
「コトリ、部屋はプレデンシャル・スイートよ。スーパー・キングサイズのダブルのベッドルームが二室あって、専用テラスにはジャグジーも付いてる。部屋の広さは三百平米ぐらいあるの」
「ユッキー、ちょっと待った。そんな部屋なんか泊ったら、なんぼいるんよ」
「三本越えるぐらいかな」
「三本って三千万てか。三人で九千万やんか。ユッキーいくら何でもムチャやで」
「コトリ、なに言ってるのよ。桁が違うよ」
コトリ副社長が、それを聞いた途端にソファに倒れ込み、うわ言のように、
「三億、三億・・・」
もう信じられないって感じで目が完全に泳いでいます。まあお二人のお給料、ミサキもそうだと言えばそうですが、払おうと思えば払えますが、なんかもったいない気がします。とくにコトリ副社長は、こういう無駄な贅沢は好きじゃないというより、はっきり言って嫌いです。その点ではユッキー社長も似たようなもののはずですが、
「ホントに二人とも夢がないわね。滅多にないことじゃない。このさいだから、パアッと行きましょうよ」
「コトリは反対やな。その手の贅沢は楽しまれへん。そりゃ、五千年生きてきて豪華船クルーズなんてやったことないけど、あんなもの、別に無理にせんでもエエやんか」
ここでユッキー社長が悪戯っぽく笑われて、
「コトリらしいわ。でもこのクルーズはコトリ向きよ」
「どういうこと」
「ロハだから」
そしたらコトリ副社長は泣きそうな顔になり、
「イヤだ、イヤだ、絶対イヤだ。ロハってことは料金分を船で働かされるんやろ。皿洗い、風呂場洗い、プール洗い、デッキ洗い、便所掃除・・・三億円分も働くって、下手すりゃ一生船から下りられんようになるやんか。一生どころやない、孫の代でも下りられへんのんちゃう」
「もう、どうしてコトリはそっちに考えが走るのよ。今回のクルーズは無料招待なの」
コトリ副社長とミサキは声をそろえて、
「無料招待だって!」
ニンマリ笑ったユッキー社長は、
「あなたたちね。エレギオンHDは世界三大HDの一つなのよ。そのエレギオンのナンバー・ツーとナンバー・フォーなんでしょ。どうしてそこまで発想がケチ臭いのよ」
そんなことを言われても、旅行で三億なんていくらなんでもですよ。そんなことを思っていたらコトリ副社長が、
「ユッキー、コトリやミサキちゃんのことをケチ臭いっていうけど、無料招待が無かったら自腹切って、三億円豪華クルーズなんかやる気はあったん?」
そうしたら今まで笑っていたユッキー社長の顔色がさっと変わり、
「あるわけないでしょうが! 誰がそんな無駄な贅沢するものですか。どうしても船が必要だったら系列の貨物船に便乗させてもらうに決まってるじゃないの」
あちゃ、やっぱり。ユッキー社長もコトリ副社長と同じぐらいケチ臭い。とりあえず経費で落とす算段は心配なくなったけど。
「でも社長、プリンセス・オブ・セブン・シーズは世界一周時に神戸にも寄港しますが、乗り込むのはイギリスのサザンプトンからのはずですが」
「それね、特別に神戸から乗り込めることになってるの。だから正規の世界一周より短いよ」
「ユッキー、その無料招待ってどこからですか」
「共益同盟からよ」
共益同盟? どこかで聞いたことがあるような。それもあんまり感じが良くないものだったはず。
「そうそう、招かれたのはわたしで、随員三人までOKだったけど、今回はシノブちゃんには悪いけど我慢してもらったの」
共益同盟も胡散臭い感じがしますが、そもそも三億円の無料招待を行うこと自体に罠の臭いがプンプンします。なにか裏があるに決まってますから、
「社長、そんな無料招待は危なくないですか」
と言って見たものの、もうお二人の耳には入っていません。
「服はどうする」
「微笑む天使、輝く天使、雅の天使のイブニングや、カクテル・ドレスをゴッソリ持って行く」
「着物もいるな」
「もちろんアクセサリーもね」
「ウエディング・ドレスや白無垢は?」
「当然必要よ」
いるわけないじゃないですか。
「でもミサキちゃん、船の上でロマンスが芽生えて、船上結婚式になる可能性もあるやんか」
「船上結婚式の時は船長がやってくれるのよね」
「うわぁ、ロマンチック。よ~し、イイ男見つけるで」
「私も負けないよ」
「と言うことでウエディング・ドレスも必要ね」
なにが『と、言うことで』よ。
「そうそう、ミサキちゃんの分はいらないから」
「当然です」
こいつら本気で持ってくつもりだ。
「水着もいるよね」
「でも水着は天使ウェディングのレンタルあらへんわ」
「そうよね、今から水着ウエディング・プラン作らなきゃ」
水着ウェディング・プランなんか作ってどうするのです。
「靴も大事よね」
「当然や。天使ブランドのレンタルから選び抜かないと」
「気合が入るわね」
靴ぐらい買ったらイイのに。
「食事は」
「凄いよ、とにかくプレデンシャル・スイートだから船内の最高ランクのレストランやラウンジ、バーとかを使い放題みたいなの」
「そりゃ凄い」
「それにね、部屋に専属バトラーもつくのよ」
「バトラーって、風と共に去りぬのレッド・バトラーが付いてくれるの」
どこをどう考えたらバトラーがレッド・バトラーにつながるのやら。
「コトリも古いね。レッド・バトラーを演じたクラーク・ゲーブルはとっくに死んでるよ。そうじゃなくて執事のことよ」
「執事って、大金持ちの家に存在するって噂の人?」
「そうよ、執事だけではなくて専属コンシェルジェも付くのよ」
「へぇ、さすがは豪華客船、コンコルドが専属で付くんや」
「コンコルドが付くわけないでしょ、とっくに退役してるわよ。コンコルドじゃなくてコンシェルジェ。お世話係みたいなものよ」
「ああエエとこのホテルにいる人やな。なんかお金持ちみたいやんか」
だからエレギオンHDの社長や副社長はお金持ちだって。あんだけ給料もらって、生活費はタダみたいな暮らしやってるのだから、どれだけ貯金持ってるかわからないぐらい。それに執事やコンシェルジェだって、古代エレギオン王国時代は侍女どころか専属料理人もいたでしょうが。
「カジノもあるの?」
「あるよ。もっとも格式高いからスロットマシーンはないそうだけど」
「花札とか、チンチロリンとか、手本引きとか」
「違うわよ、ルーレットとか、カード・ゲームだよ」
カジノもやる気マンマンみたい。ミサキも行ったことがないから楽しみだけど、招待者がやっぱり引っかかる気がします。
「なにか共益同盟の罠があるとか」
アカン、二人は聞いてもくれません。ひたすら、
「ワクワク」
「ドキドキ」
振り返ったお二人は、
「明日はコトリと必要なものの買い物に行くけど、ミサキちゃんも一緒にどう」
「お供します」
共益同盟の罠はともかく、それだけの豪華クルーズ船に乗るのに恥しくない装いがミサキにも必要です。そりゃ、なんといってもエレギオンHDを代表してるわけですから、
「ミサキちゃん、経費で落ちる?」
「天使ウエディングのドレスやアクセサリー、靴のレンタルはなんとかしますが、それ以外はダメです」
「でも、落とさないとミサキちゃんも自腹だよ」
グラッと心が揺らぎましたが、
「無理なものは無理です」
「船内の買物とかお酒は接待費で落とせるよね」
「落とせるわけないじゃないですか」
「落とせなきゃ、ミサキちゃんも自腹だよ」
ミサキの弱いところを、
「物によっては考えます」
「やったぁ」
「なに買おうか」
「世界の高級品が並んでるはず」
高級品って・・・それ売ってる商売なんですが。
「ミサキちゃんが経費処理を責任もってやってくれるって言ってくれたから、飲み放題、買い放題よ」
「豪儀やな。さすが世界のエレギオンHDや」
「誰も飲み放題、買い放題なんて言ってません」
ダメだ、まったく耳に入っていない。こりゃ、大変なクルーズになりそうです。まさかそんなクルーズをさせてお二人を舞い上がらせるのがお二人への罠とか。
「そういうことで、ミサキちゃん準備ヨロシク」
まさかと思うけど、ミサキが同行するのは女神の秘書ってもっともらしい理由があるけど、本当の狙いは総務責任者として旅行費用を悉く経費にさせる策略だったとか。コトリ副社長のとぼけた態度も、すべてミサキを騙すためのお芝居かも。そういうことが、ありえないと言えないのが、あの二人。
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