出航
ユッキー社長もコトリ副社長も休暇のために忙しく働いておられました。留守を任せるシノブ専務に信頼を置いていますが、少しでも負担を減らしておこうぐらいです。ミサキも同様です。申し送りも済ませるとシノブ専務は、
「行ってらっしゃいませ、安心して留守はお任せください」
プリンセス・オブ・セブン・シーズは神戸ポートターミナルに停泊しており、そこで乗り込みます。ポートターミナルに着くと、
「小山様、立花様、香坂様でございますね。私はクルーズ中の執事を務めさせて頂くゴードンと申します。どうか宜しくお願いします」
さすがは豪華客船の最高級スイート利用者。こんなところまで出迎えに来てくれるんだ。
「こちらこそ宜しくね。とりあえず荷物を運び込んでくれる」
「かしこまりました。お荷物はこれだけですか」
「もう少しあるわ」
あれを『もう少し』というか疑問ですが、スーツ・ケースにして三人で五十個ぐらいあります。運ぶのも大変で、ワゴン車じゃ間に合わずトラックを使っています。でもさすがは執事で顔色一つ変えずにポーターを呼び集めて船に運び込みます。これぐらいの豪華客船なら、この程度の荷物は珍しくないのかもしれません。長旅ですしね。船へはボーデイングブリッジを使って乗り込みます。
「あっ、あそこにレストランがある」
「あそこで食べるのかなぁ?」
するとゴードンは
「あのレストランはエコノミー・クラスの方のブリタニア・レストランでございます」
「あそこじゃないの」
「はい、客室のクラスによってレストランは分けられており、スイート利用の方はクイーンズ・グリル、セミ・スイート利用の方はプリンセス・グリルになっております」
「じゃあ、わたしたちはクイーンズ・グリルってこと」
「さようでございます」
ボーデイングブリッジから乗り込んだところがデッキ3になるだけど、ここがいわゆる上甲板。地上でたとえる一階部分になります。立派な玄関から船内に入ると、
「見て見てコトリ」
「凄いよユッキー」
入ったところはグランド・ロビー。三階まで吹き抜けのアール・デコ調の豪華絢爛なもの、
「赤坂の迎賓館並やで。行ったことないけど」
こういう時のお二人のハシャギようは半端なくて、どう思われるかミサキの方がハラハラするぐらいです。プリンセス・オブ・セブン・シーズはデッキ12までありますから、上甲板部分だけでも十階建てになっています。グランド・ロビーは一階部分に当たるのでどうやっていくのかと思っていたら、
「ユッキー、船の中にエレベータがあるで」
「ホントだ」
ミサキも内心驚いたのですが、そりゃあるよね。客室はデッキ8までで、デッキ9以上はレストランとかある構造のようです。まさに海に浮かぶ豪華ホテルであるのが良くわかります。
エレベーターでデッキ8に向かい、客室が並ぶ立派な廊下を船尾方向にスタコラ歩いて行くと、その突き当りに他の部屋とは別格の重厚な扉があります。
「こちらがお客様のお部屋でございます」
中に入ると、コトリ副社長が、
「ひぇぇぇ、こりゃ豪華やわ。それにリビングだけでなんちゅう広さやねん」
「ここでプライベート・パーティを行われるお客様もおられます。御用命があれば用意させて頂きます」
「そんなサービスまであるんだ」
部屋にはウェルカム・ドリンクとチョコレートが用意されており、ゴードンは手際よくサーブしてくれます。
「お酒が苦手な方はおられますか」
いるはずもありませんが、なんとモエ・ド・シャンドンがフルボトルです。
「ディナーはどうされますか」
「あれっ、クイーンズ・グリルじゃないの」
「はい、レストランをご利用されてもかまいませんが、お部屋にサーブすることもできます。それ以外にも各種ルームサービスもございますし、他にもレストランがございます」
「今日はやっぱりクイーン・グリルにする」
「承りました。食事の前にカナッペをお持ちします」
「アミューズね」
ゴードンは、
「なにかご用事があれば、御遠慮なくお申し付け下さい。では良い旅になられますように」
そう言って部屋から出て行きました。さっそく、
「カンパ~イ」
シャンパン飲んでテンションが上がりまくりのお二人は、
「わたしとコトリはこのベッドルームにする」
「ミサキちゃんは一人で我慢してね」
ホントに仲が良いんだから、
「しっかし、広い部屋やな」
「たぶんだけど、VIPクラスが使うのだと思うわ」
「そやろな、VIPいうてもロイヤル・ファミリー級やと思うで。たとえばアラブの王族とか」
ここから船内探索に出かけたいのはヤマヤマだったのですが、まずは荷物の整理です。
「なあユッキー、こんだけの部屋に泊って世界一周する人やったら荷物も多いやんか」
「そうでしょうね」
「でも、片付けるのは大変やな」
「そうね」
あのぉ、そういうクラスの人はお付きの人がやると言いかけましたが、やめときました。三時間以上はたっぷりかかり、シャワーで汗を落とした頃に、
「カナッペをお持ちしました」
「ありがとう。ところでレストランはどこにあるの」
「時刻が参りましたら、ご案内させて頂きます」
とにかく格式の高いレストランなのでドレスに着替えます。お二人とも普段はアクセサリー類は殆ど身に付けられないのですが、今日はかなり華やかに着飾っておられます。準備が整ったところで、
「ご案内させて頂きます」
部屋はアフト、つまり船尾にあるのですが、レストランはデッキ11のミッド・アフトにあります。ここにもエレベータで上がると、
「右舷側がプリンセス・グリル、左舷側がクイーン・グリルとなっております」
「真ん中は」
「グリル・ラウンジとなっております。なおデッキ12はグリル・アッパー・テラスとなっており、グリルご利用の方の専用テラスとなっております」
デッキ12と言えば最上階だから、展望台みたいなものかな。ここでゴードンとはお別れ、レストランの席に案内されると程なくソムリエが現れ、
「食前酒はどうなされますか」
うわぁ、本格的。というかガチ本物なんですが、ユッキー社長は、
「そうねぇ、ウエルカム・ドリンクにシャンパン頂いたからジントニックにしておくわ」
「コトリも・・・そうだスーズトニックはある」
「ございます」
「じゃあ、そっちで」
ミサキはキールにしました。
「フレンチよね」
「中華は出えへんやろ」
ここで中華が出てきたら仰天しますが、ソムリエが食前酒を持ってきた時点で、
「ワインはどうされますか」
ユッキー社長も、コトリ副社長もワインにお詳しい。いや、詳しいレベルどころじゃなくて、系列ワイナリーのランク付けをやっておられます。とくにコトリ副社長の方がより詳しいのですが、あの審査風景は他人に見せたくありません。だってラッパ飲みでガバガバ飲みながら、
「こりゃ二級やな」
「これは一級にしとこか」
あまりと言えばあまりなので、
「こういう審査って、グラスで色合いをみたり、香りを確かめたりするんじゃないのですか・・・」
「匂いやったら飲んでもわかるやん。色合いはセールス・トークに必要やろうけど、コトリがやってるのは味の審査だけ。こういうものは量飲むのが一番」
ここではそんな事はなされないとは思いますが、
「料理に合わせて赤と白を一本ずつお願いするわ」
ソムリエから幾つか質問がありましたが、
「まかせるわ」
すこぶる鷹揚です。最初は白だったのですが、
「やっぱり無難にシャブリだったわね」
「素人に勧めてるから有名なのにしたんやろ」
「まあ、メゾン・ダンプなら、まあまあじゃない」
ミサキも少し落ち着いてきてレストラン内を見回すと、さすがに年齢層は高い。そりゃそうよね、このレストランに来れるのはスイート以上の乗客だけだし、スイートなら安くても五千万円ぐらいだったはず。
「コトリ、でもいるね」
「金持ちのボンボンやろ」
「でもボンボンなら玉の輿よ」
「それイイね」
あのぉ、どこが玉の輿なんですか。お二人がもし御結婚でもしようものなら、相手の男は誰が来ても逆玉です。たまには給料明細とか、通帳残高ぐらい見ろよといつも思っています。
「レストランはこんなものやけど、バーとかダンスホール行ったらもっといるはず」
「そこそこ、きっと青年実業家のバリバリがいるはずよ」
社長も副社長も年齢からしたら青年実業家ですが、そんなレベルじゃなくて、その程度の青年実業家が『いつかは・・・』を夢見る世界の大実業家じゃないですか。
「ユッキー、ボンボンと青年実業家のどっちがイイ」
「どっちかな、イイ男ならどっちでもイイ」
たく超高級レストランで弾ませる会話とは思えません。
「そうだミサキちゃんもどう」
「どうって、何がですか?」
「コトリもユッキーも黙ってるから、楽しんでもイイよ」
「結構です」
同じにしないで下さい。
「でもしばらく燃えられないよ」
「我慢すると体に悪いで」
「そうよそうよ、ミサキちゃんは淡白そうな顔してるけど激しいものね」
「そんなことありません」
そこからミサキの記憶が封印されてる時代の男のアレの話が延々と、
「・・・違います、ミサキはそんなことをしてません」
「悪いけど覚えてるねん」
「わたしも知ってるし。だって手紙に『私を燃え尽きさせて』って書いてたもの」
「書いてません。そんな証拠はどこにも残ってません」
そうしたらコトリ副社長が、
「証拠かぁ、ユッキー、エレギオンの第三次調査があったら持って帰ってこようよ」
「それイイかも」
「残ってるのですか?」
「もちろんや、大神殿の秘密の地下室にバッチリ保存してあるで」
「やめて下さい」
「そういうからにはやっぱり」
「違います。そもそも覚えているはずないじゃ、ありませんか!」
あのねぇ、新婚夫婦をからかうならまだしも、サラは去年大学卒業、ケイだって四年生なのです。見た目はともかく実年齢だって五十歳ですよ。まあ、未だにマルコとは激しく燃え上がるのは否定はしませんけどね。ミサキにはマルコ一人で十分です。
こうやって超高級レストランにはまったく相応しくない会話でひたすら盛り上がってディナーは終了。食後はグリル・アッパー・デッキに。
「きれいだねぇ」
「昼間も来ようよ」
「もちのろん」
こうやってプリンセス・オブ・セブン・シーズの最初の夜は更けていきました。
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