第18話 続・眠れない夜

とん、とクロゥインの足が客間の床に着いたとたん、ベッドの上で丸くなっていた塊が大きくはねた。

聴力は人間よりもいいのだろう。ひっそりと気配を探っているようだ。


できるだけ批難する声にならないように努めつつ、声をかける。


「夜に突然すまない。泣いていたようだったから気になってな」

「…う、うるさくして、ごめん…なさい」


上掛け布団から顔をそっと出したマヤは、嗚咽の合間から途切れ途切れに謝った。


『探究者』という職業の特殊スキルのおかげで昼間のようにはっきりと見ることができる。涙で濡れた金色の瞳がしょぼんと眇められるところまでわかった。


だから、できるだけゆっくり近づくと、銀色の頭にそっと手をのせる。


「怒ってないから。なんでもいい、話してみろ。どうした?」


優しく聞こえるように祈りつつ、ゆっくりと告げながらマヤの頭を撫でる。さらりとした髪の感触が手に心地いい。

自室の高級ブランケットよりもずっと撫でていたい。


「わから、ないけど…夜になった、ら、急に涙が。止まらない、の」


襲撃されて捕まって助け出されて―――目まぐるしい状況の変化から、落ち着いて考えられるようになって、ようやく張りつめていたものが緩んだのだろう。

まだまだ小さいようだし、巫女と崇められて大切にされていたようだから。


「素直に泣いておけ。ここは安全だからな」

「あり、がと」


マヤがクロゥインを見上げてふっと笑った。

どくり、と自分の心臓が妙な脈を打つ。突然、病にかかったような居心地の悪さを感じた。


思わず撫でていた手に力を込めてしまいぐるぐると動かすと、マヤの頭はぐしゃぐしゃになってしまった。


「わ、悪かった!」

「ううん、だいじょう、ぶ。あったか…くて、気持ちいい」


とろんとした瞳で手のひらに頭をこすりつけてくる。

なんだかわからないが、一気に追い込まれた気がする。

ここまで逼迫した状況など、ここ数年味わった覚えがない。


マヤの熱を感じようとすべての神経が手に集中しているようだ。


「落ち着いたら眠れよ、マヤ」

「な、名前?!」

「呼んだらいけなかったか?」


目を真ん丸にして飛び上がった彼女は、そのままふにゃりと笑った。


「ううん、うれしーぃ」

「なんだそれ。まあ喜んでいるならいいけど。とにかく、もう寝ろ。おやすみ」

「うん」


目を閉じて小さくうなずく彼女の頭からいつ手を離せばいいのかわからず、クロゥインはひたすらに撫で続ける。


しまった、別の意味で眠れなくなったじゃないか。

これ、どうなったらやめていいものなんだ?


絶望的な気分で、マヤが可愛い寝息を立てるまでベッドサイドに立ち続けるのだった。

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