第17話 魔王城の恐ろしさ(タッガー視点)

「我が主に」


デミトリアスが黒いグラスを掲げて厳かに口にする。


「「我らが魔王さまに」」


その場にいたほかの三人も同じように杯を掲げ、祈るように言葉を捧げる。


脳裏に浮かぶのは黒を纏ったかのような漆黒の姿だ。威風堂々としたいでたち、すべてを見下すかのような視線。他者を圧倒する、誰も寄せ付けないほどの魔力量。その存在感。


思い起こすだけで、タッガーは体の震えを抑えることができない。


タッガーはオルグという鬼人族で、三将軍の1人、巨人軍団団長を拝している。

残忍で狂暴。人を食らう種族として有名だが、引っ込み思案で臆病な自分は、ひっそりと隠れて森の中で生活していた。だが、彼のほとんど唯一といっていい友人がデミトリアスの知り合いだったため、なんの因果かこの役目についている。


タッガーたちが集まっているのは王の間だ。

玉座にはもちろんかの方を模した人形が座している。


この人形は魔王が魔法で作られたのだが、魔力を感じる。魔法で作り出したのだから当然だと言われそうだが、感じる魔力量が尋常ではないのだ。


もしかしたら自分以上にあるかもしれない。

人形だよな?


なのでなるべく姿が視界に映らない位置にいる。玉座と対面位置にいるのはデミトリアスだ。

最古の悪魔と呼ばれるほど魔族の中でも力を持つ。その彼が人間を主にしたと聞いた時にはいつものように遊んでいるのかと思ったが、彼は驚くことに心酔しているのだ。


その盲信はこの王の間にもあらわれている。


そこかしこにちりばめられた宝石や高価な調度品など序の口だ。

恐ろしいのは姿が変わっているものだ。


例えば壁に使われているのはドラゴンの骨だ。透き通るように輝く神秘的な床は妖精の羽を敷き詰めている。頭上に煌めくシャンデリアの硝子のような飾りは海獣の鱗で、ほの暗く光る黒焔はシャドウの目だ。

何千何万という人外たちの命を経て、この神秘的な空間は形成されているのだが、作った本人も献上された当人も意に介した様子はない。


だが、この部屋の本当に恐ろしさは、目に見えないところにある。


そこかしこに仕掛けられた魔法の数々。なんの効果があるのかさっぱり検討もつかない。魔力があっても魔法がほとんど使えないタッガーには当然だが、魔法に長けている他の二人の将軍に聞いても首を傾げるほどだ。


知らないままでいることにしたのはいうまでもない。


「それにしても無事にすんで良かったじゃないかぃ」


一口グラスの中身を飲んで、パロニリアがグアラニーに流し目を送っている。


「ああ、じゃが生きた心地はせん。今でもまだ震えておる。あっさり100人を転送させる魔力量にも顔色一つ変えんお姿にもな。しかし魔王さまが聖魔法を使えるとは知らなんだ」

「聖魔法?」


聞き慣れない言葉に、顔を上げれば一気にグラスを空にしたグアラニーが顔を真っ赤にして機嫌よく答える。


「回復魔法じゃな。一瞬で体力、魔力が全回復したときは夢でも見ているのかと思ったほどじゃ。傷も綺麗に治っておったな。人間の中でも使えるもんは限られておると聞いたが、ワシが体験することになるとはの」


闇の代名詞の魔王が聖魔法とは。

今代魔王は規格外すぎる。

だが、デミトリアスが当然とばかりに頷いている。


「我が主に使えない魔法など存在しません」

「そんなことがあるのかぃ?」


パロニリアが目を丸くしているところをみると、どんな魔法でも使えることはないらしい。魔法は万能のように見えるが、いろいろと制限があるのだろう。


ちなみにタッガーは、膨大な魔力を強化に特化して使用している。強化は身体に始まり、剣や防具にも施している。


魔法だとの自覚はないが、グアラニーたちに言わせれば、魔法のようなものだという。確かに魔法攻撃でも自身の肉体に傷をつけられないので、魔法耐性が高い理由は頷ける。


「実際に使っておられるのだから信じるしかないのぅ。それより、今回も名前を呼んで貰えんかった。デミトリアスが羨ましい」

「アタシだって1度もないさ、もっとお役に立てるようにならないといけないんだろうね」

「主は公平ですから、それなりの働きをすれば認めていただけますよ」


デミトリアスの言葉に二人は奮起したようだ。

だが、名前を呼ばれた自分の姿を想像して、タッガーは体を震わせる。


そんな恐怖体験はしばらく遠慮したい。

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