第5話 寝室のこだわり

フェーレン市街の西の端にある神殿の二時の鐘が鳴り響くのをぼんやりと聞きながらベッドの上で、上半身を起こす。


クロゥインの自室の寝床は最高級に包まれている。ブフの毛皮の毛布に上質のドルル鳥の羽毛布団、シーツはゲザー蜘蛛が紡いだ滑らかな手触りの織物だ。枕は変質魔法で編み出したスポンジ製の低反発素材を詰め込んだ。柔らかすぎず固すぎない眠りにやさしい枕だ。


だが、物足りない。


まだ世界のどこかには、これ以上の素材が転がっているのかもしれない。寝床にだけは心血を注いでいる。できればより上質な眠りを求めるために、まだ見ぬ素材集めに出かけたいほどだ。

今は立場的に許されないが、そのうち仮の立場を次に引き継いで冒険者に戻るのもいい。

未来への期待を込めてベッドから降りた。


この寝室には広いベッドが置かれているだけの簡素な部屋だ。そもそも寝るだけの部屋に余計なものは必要ないと突っぱねたからなのだが、置いてあるものには相当のこだわりがある。寝具然りだが、カーテンも床に敷いた絨毯もだ。


目に優しいモスグリーンは、癒しにもなるのだから。素材はマヤルートの毛を丁寧に織り染めたものだ。毛足の長い絨毯は猫科の最上級種ドルグの毛をふんだんに使ったものだ。


メイドたちはこの部屋にはいるのも恐ろしいと、基本的に出入りはクロゥインのみになっている。死骸をおいてあるわけでなし、ましてや生きてるわけでもないのだが、素材がレアすぎて立ち入る勇気が持てないと告げられた。

シーツなどの交換はお願いしているので、それすら渋々引き受けてくれているほどだ。

これ以上、パワーアップするのはメイドたちにはよろしくないのだろうが、自身の快眠を突き詰めたい欲求を抑えるのも難しい。


まあ素材なんて黙っていればばれないだろうし、とクロゥインは軽く考える。

もちろんこの領主館で働いているメイドは魔族が多いので素材に宿る魔力に恐れおののいているのだが、鈍感な主は気づく様子はない。


満足して部屋を一瞥すると、メッセージが空中で光った。


黒の背景に白文字が浮かぶが、クロゥインにしか見えていない。魔法だ。

左耳に光る銀のイヤーリングに込められた魔道具の力で、同じ装備をつけている者の間でメッセージや通話のやりとりができる。

思念を浮かべるだけで文面も通話も思いのままだ。


『Toクロゥ

起きたら、至急ギルド長室まで来られたし。

Fromダグ』


ああ、仕事だ。

クロゥインはうなだれつつ、転移魔法を唱えた。

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