第4話 仮市長の仕事は部下に丸投げ

次にクロゥインが転移した場所はフェーレン市の市長室だ。

執務机と補佐官の机だけが置いてある殺風景な部屋だが、きちんと整えられた部屋で落ち着く。

基本的には午前は市長室で過ごして、午後は冒険者ギルドの方に顔を出すようにしている。寝る場所は市長室の入っている市長館の住居部分で食堂も併設しているので都合がいい。

続きの間には応接セットが置かれているので、急な来客にも対応可能な使用になっている。基本的には急な来客は一度帰ってもらうため、いつもは予定のある人物にしか会わない。午前中にしかここにいないので、面会予約を取り付けてもらうのは必須になるのだ。


クロゥインは肩に担いでいた少女を床におろすと、ごろんと無様に転がった。掃除が行き届いた床で絨毯も敷いてあるが、顔を顰めているところを見ると、腰を打ち付けたらしい。

同時にがたんと椅子を倒して補佐官の机にいた女が立ち上がった。


「市長、こんな時間にどうしたんです?」


市長付き事務補佐官のアリッサだ。つまりはクロゥインの仮市長のほうの直接の部下にあたる。

茶色の髪を高い位置で一つに結わえた彼女は空色の瞳を見開いて駆け寄ってきた。ヒト族の彼女は戦闘能力は皆無だが、事務能力は優れている。事務に特化したスキルもいくつか習得しているありがたい人物でもある。彼女なしではフェーレン市は回らないと断言できるほどだ。


強面な自分よりもずっと優しげな印象の彼女になら、この少女も口をきくに違いない。

もしこの獣人の少女が突然アリッサを襲ったとしても問題はない。彼女には保護として様々な魔道具を与えてある。魔力の低い彼女がぎりぎり使える範囲ではあるので、必要最低限だが。

獣人程度の力では到底敵わないほどには強力だ。


そもそも市長館には行政区画にヒト族が多いが、居住区部分は異業種が多くなる。時々行政区に出入りもするので戦闘能力のない者が身を護る魔道具を持つのは必須だ。ヒト族の職員にはクロゥインのお手製の魔道具を配布しているほどである。


アリッサが床に転がった少女を見つめて首を傾げた。


「何かありましたか?」

「真昼間から馬車を転がしてた阿呆どもがいたから外に放り出したら、こいつが捕まってた。どうやら密輸犯に捕まってたらしい。風呂にでも入れてやってくれ。俺はこれから寝るから邪魔しないように」

「かしこまりました」


細かいことに気が付く彼女に任せておけば、安心だ。

これまでも、保護された魔物や魔獣は彼女の采配で、適切に対応されていた。行政の仕事であるが、ほとんどアリッサに丸投げしていたので、何をしているのかクロゥインは知らない。だが問題が起こっていないのも事実だ。

この場所は、複数の強い魔力持ちがいるため、むやみに暴れるバカも少ない。


クロゥインはあくびを噛み殺すと、今度こそ寝室に向かって空間転移した。

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