第6話 魔王退治の真実

フェーレン市街は大きく4つに分けることができる。北は深淵の森に続く北門を抱える行政区街、南は玄関口でもある市街門から入ってすぐに賑やかな商店区街、東は大陸の女神を祀っている神殿を抱える住居区街で、西に集まるのがギルド区街だ。商人ギルドから始まり様々なギルドが集まり、一種近寄りがたい雰囲気を発している。


一番北よりの行政区街に近い場所に建つのが、冒険者ギルドとなる。

3つの大きな建物を有し、旗を掲げているので表門から入ったらわりと目立つことは事実だ。すぐ近くに市長館もあるので、悪目立ちするというほどのこともない。


その冒険者ギルド長室は冒険者ギルドの2階にある。午後のクロゥインの仕事の場所でもあり、ダグラスに呼び出された場所でもある。


転移して執務机に座ると、部屋にはすでに3人の姿があった。


大柄な美丈夫で優男のダグラス。俺を呼び出したのもこいつだ。

緑色の髪は短いが前髪だけ一房長く横に流している。琥珀の瞳は穏やかに周囲に向けられている。右耳にはクロゥインと同じく銀のイヤーリングをつけている。幼馴染みでもあり、兄貴分のポジションだ。年は1つ違いの26歳。その面倒見のよさから、片腕としてフェーレン市冒険者ギルド長の補佐についている。


もう一人は長身の青年だ。藍色の髪をオールバックになでつけ紅玉の瞳を細めて俺に頭を下げている。細身だが弱々しさは感じさせない。

彼は魔族のデミトリアス。悪魔の中でも高位であるため存在の圧力が桁違いだ。たいていの人間は彼を遠巻きにするほどだが、かなりの美形に分類されるため人気は高い。


人を惑わすことが仕事の悪魔は、美貌が命なんだそうだ。確かに市長館には、様々な悪魔が働いているが、彼らも一部を除いて整った容姿をしている。

種族の違いと言われてしまえば、頷くしかない。


最後は先程の獣人を預けた秘書のアリッサだ。正確には市長付き事務補佐官で、かなり優秀。いつもかっちりとしたスーツを着ているが、冷たいとか近寄りがたい印象はない。ふんわりとした微笑を浮かべているからだろうか。

人に恐れられない雰囲気は、心底羨ましい。


悪魔を筆頭に魔族は魔力量で力の優劣を決めるため、みな、魔力に敏感だ。特にクロゥインの魔力量は相当なものらしくたいていの魔物や魔族は寄ってこない。

平然としているデミトリアスが珍しい部類に入る。


だが、魔族の彼に言わせれば、人間のほうが珍しい感覚をしているという。これほどまでに駄々洩れている魔力を感じて平気な顔をして傍にいられるほど鈍感なのがいっそ感心するほどなのだそうだ。魔力が乏しい者ほど、魔力を感じることができないとは皮肉な話だが。その代わり、勘のいい者なら圧という形で感じることができるので、怖いや恐ろしいといった感じ方はできる。


そのため、クロゥインの周りには顔が怖いという理由でほとんど人が近づいてこない。無意識に他者を威圧する魔力量だからかもしれませんね、とデミトリアスは楽しそうに笑うが、自分では落ち込むばかりだ。

人気者になりたいとは言わないが、もっと人が笑顔で声をかけてくれるような人物になりたい。せめて怯えて叫び声をあげて逃げられない程度には。


とにかく市長館には魔族と人間が仲良く働いているが、冒険者ギルドの方はほとんど人間で構成されている。冒険者として働いていた者をスカウトしているので、アクは強いが気のいい奴らが多い。

市長館とは違ってクロゥインの顔にビビる者も少ないので、どちらかといえば働きやすい職場ではある。


「———で、起きて早々に何の用だ」


3人を見渡せば、ダグラスが苦笑した。

冒険者ギルド長の補佐のダグラスがギルド長室にいるのはわかるが、メリッサとデミトリアスの職場は市長館だ。近いとはいえ、こちらに顔を出している理由がわからない。


「言っておくがお前が連れてきたんだからな?」

「どういうことだ?」

「先ほど市長が連れて来られた少女ですよ」


ダグラスの言葉をアリッサが引き継いで説明した。


「犬の獣人だろ。珍しくもない」


なぜか、悪魔に目をつけられていたようだが。元の場所に戻せばそちらのほうで対処するだろう。

クロゥインはこれ以上関わって、余計な仕事を増やすつもりはない。


「マイ・ロード、それは余りなお言葉です。彼女は銀狼で、人狼の中でも特に大切にされるべき存在ですよ」


内心はふーんとしか思えない。だが、それを口にすればデミトリアスの長い講義が始まるのは目に見えている。普段は落ち着いた物腰の彼だが、とある事柄に関しては非常に熱い悪魔なのだ。

何となくその琴線に触れるような気がした。


「まったくあなたという方は相変わらず魔王という地位に誇りがないので困ります」


賢明に黙っていたのに、クロゥインの態度から薄々察したらしいデミトリアスが紅玉の瞳を細めた。

彼は魔王という地位に並々ならぬ尊敬や威厳や期待を抱いているらしいのだが、その地位をあろうことか人間のクロゥインに押し付けてくる人物なのだ。

だが、こちらとしても言い分はある。


「いや、俺は仮にだからな。相応しいやつがいたらいつでも譲るから。そもそも、人間が魔王になるっておかしいからな」

「ですが前魔王を斃した者が魔王になるのですから、現在の魔王はあなたです」


なんの因果か、うっかり魔王を斃したら魔王というわけのわからない仕事を押し付けられる羽目になったのだ。魔族の王たる存在が人間に務まるわけがない。

散々ごねているのだが、デミトリアスは全く納得しない。勝手に押しかけてきて魔王の片腕と称して市長館を牛耳っている。


大体、よく考えてみろ。

魔王を斃すのは勇者だと相場が決まっている。各国代表の勇者がその地に君臨する魔王を退治する話など大陸中にはゴロゴロある。

魔王を斃しただけで次の魔王になったら勇者が魔王になってしまうじゃないか。今までの歴史でそのような事態になったことなど聞いたこともない。

もしかして勇者は自分が魔王であることを隠して生きているのだろうか。今のクロゥインのように。


そもそも役職2つで死にそうなのに、3つ目とかいらない。正直、迷惑以外の何物でもない。なのに、熱心に目の前の悪魔が魔王を斃した者が次の魔王になるのだと言い張るので、このような仮の魔王という立場になってしまったのだ。


思わずデミトリアスに胡乱な瞳を向けてしまうクロゥインは悪くない、と思いたい。


「では前魔王を斃さなければよろしかったのです」

「あれは成り行きで仕方なかったんだ! 俺の本意じゃない。そもそも勇者がいて斃すはずだったんだ。確か、神国で勇者認定されたチームがいたんだよ。なぜかフェーレン市の冒険者ギルドに登録して面倒見のいいダグラスが世話してたけど……あいつらが成長すれば、ちゃんと魔王を斃したはずなんだ」


勇者一行はなぜか大々的にはせずにひっそりと深淵の森の攻略を始めた。素質はあるのだろうが、なぜかクロゥインが冒険者をして率いていたパーティよりも弱かったので、見かねたダグラスがいろいろとアドバイス的なことをしていたのも確かだ。


その成長を見守っているうちに、クロゥインは王国騎士たちとともに前国王の謀略で魔王城に飛ばされてしまった。

自分が考えたわけではない。馬鹿な豚が勝手にやったことだ。

非がどこにあるかなんて、誰にでもわかる話だ。


だが、そこに不運が重なった。まったく予想できない事態が起こってしまったのだ。


魔王に一瞬にしてアンデッドにされた仲間たちを弔おうとして使った浄化魔法でうっかり魔王を斃してしまった。ただの冒険者のクロゥインが、だ。

まさか一発の魔法で、しかも魔王に向けたわけでもないのに、魔王がやっつけられるとは誰も思わないだろ。

浄化だと思っていたのに、怒りでコントロールの狂った魔法の威力が増し、『精製』を発揮して純粋な物質として変換してしまうだなんて。


だが、その真実は墓場まで持っていく案件だ。知られればデミトリアスが騒ぎたてるのは目に見えている。


「では、やってくる魔族なりに譲ればよろしいのでは?」

「あいつらはこの街ごと破壊するつもりでくるじゃないか!」


クロゥインだっていつでも欲しいというやつに魔王の地位を譲るつもりでいるのだ。そもそも己を魔王だと周知もせず、仮の立場だと言い張って何とか場をつないでいるのは、こっそりと次の魔王に役目を押し付けたいからだ。


だが、さすがにフェーレン市を壊そうとやってくるやつらに甘い顔はできない。街の再建は容易いが住んでいる人間を復活させることはできないのだから。


かといって別の場所で移動して戦っても、相手の攻撃がさっぱりクロゥインに効かないのだ。反対に、たいてい一発の攻撃で瞬殺できるレベルである。


それで魔王を譲ると申し出ても、誰も納得してくれない。何よりデミトリアスが納得しない。そもそもこの上級悪魔はものすごく強いのだ。もういっそお前が魔王やれよと言いたい。

というか、実際に何度も言っている。

だが、本人は魔王の補佐で満足していて魔王になる気がない。そもそもそんな面倒なことを押しつけないでくれと言われた。


今、まさに! 俺に押し付けているんじゃないかと言いたくもなる。


「もう10年もやっているなら宣言してもいい頃でしょうに。なぜ、それほど魔王であることを隠されるのですか?」

「俺はただでさえ顔が怖いって言われてるのに、魔王だなんて知られれば……」


彼女ができないじゃないか!


ただでさえ、女子どもに泣いて怯えられる、悪人どもは仲間だと思ってすり寄ってくるほどの極悪人顔なのだ。それが本当に魔族の王になっているなんて、ますます怖がられるだけで、誰も近寄ってく来てくれない。


25歳になるのに、彼女の一人もいないなんて、悲しすぎる。だいたい、結婚適齢期は20歳頃だ。


同じ年の男どもは子供までいるというのに。

もちろん幼馴染みのダグラスは独身だ。こいつは初恋をこじらせているので、しばらくは結婚しないだろう。

仲良く独身を謳歌しようじゃないか、と内心では思っているがその奥底ではいつでも抜け駆けしたい。


「知られれば、なんです?」

「とにかく、俺はいつでも魔王は辞めるんだ! だから、仮で十分なんだよ」

「はいはい、そこまで。お前たちは同じ話を10年間、平行線でやってるんだからいい加減諦めろ。そんで話を進めると、だな。その銀狼は最古の血統なんだとよ」


ダグラスの言葉に、はっと息を飲んだ。

そのフレーズは確実にヤバい気がしたからだ。

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