第7話 銀の巫女(マヤ視点)

マヤはいつも一人だった。


それは、自身の毛の色が銀色だったからに他ならない。


人狼という同じ種族のはずなのに、周囲にいるのは茶色や黒や焦げ茶色の毛並みを持つものが大半だ。時折、真っ白や灰色や、一部にメッシュしたように混合した色を持つ者はいたが、銀はなかった。


だから、特別なのだと彼らは言う。


先祖返りの銀狼だ。おかげで生まれた時から一族では崇められ、かしずかれて育った。彼らはマヤを銀の巫女さま、と呼ぶ。


名前を決めたのは両親だが、誰もマヤを名前では呼ばない。だから、マヤはせめて自分だけはマヤと呼んであげようと思って、自分のことを私ではなく、マヤと言うようになった。


それでも誰もマヤを名前では呼ばないのだけれど。


銀狼は最古の血統の証だ。

まだ大陸に住まう生き物が神さまと暮らしていた時に、神さまに直接言葉をかけられた特別な生き物をさす。


だからすごく偉いのだと言われたけれど、両親からは引き離され神殿住まいになった自分は、どちらかといえばかわいそうな子だと思う。

神殿にいる神官は必要最低限の会話以外に言葉を交わさないから。着替えや食事の用意などの世話をしてはくれるが、一言も会話はない。時折、神殿の奥の祭壇に向かわされて、何か言葉を聞いたかどうか確認されるくらいで、親しみを感じることは難しい。


2つ上の姉が両親から可愛がられている姿を遠くから眺めてはため息をついていたのだから。


だから里が襲われた日、皆が魔法で深い眠りに囚われろくな抵抗もせずに制圧されてしまったあの日に、人狼の心配ができるかといえば首を傾げるしかない。魔力抵抗が高いマヤだけが起きていたところで戦闘力が皆無に近い自分はあっさり捕まってしまった。


仲間の様子はわからないけれど、捕まえた男たちの話しぶりからは全滅させられたようだ。体だけは丈夫な種族であるから、命はあると思うが、魔力抵抗が低い種族なので動けない状況にはなっているのだろう。


その話を聞かされて、物珍しそうに人間たちに囲まれれば、もう恐怖しか感じない。


18年生きてきて初めて見た人間は様々な格好をしていたが、一様におぞましい匂いを放っていた。人狼たちの獣の匂いとは別の不快で今すぐにこの場から逃げなければという焦燥を煽るようなものだ。


誰かがマヤの銀の毛を剣で刈ろうといえば、血が欲しいから切ってみようとささやく。商品になるのだから無傷で連れて行かないとギルマスからの依頼達成にならないと止める者がいなければ、どうなっていたことか。


ギルマスが何かは知らないがひとまず安堵したものの、乱暴に檻に入れられれば、助けに来るような人狼の気配もない。自分がこれからどうなるのか、先が分からない不安で押し潰されそうだ。


そうして檻の中でうずくまっていると馬車に乗せられ移動をはじめた。人狼の耳は苦も無く周囲の音を拾う。外の声は近くの街に向かうと話していた。マヤをさらった者たちは一旦運び屋に預けて別々で森を抜けるらしい。


馬車にしばらく揺れているとにわかに外が騒がしくなった。運ぶだけの仕事の男たちが慌てる様子が伝わってくる。だが、音は急に途切れ、すごい風が吹き荒れた。その風が止んだとき、幌の入り口が大きく開かれた。布をかぶされているので、よくは見えないが僅かに明るくなったのだ。


檻を囲う布が取り払われ、立っていたのは長身の男だ。整った容姿だが鋭い印象を与える人間だということくらいしか分からない。だが、不思議と嫌な匂いはしなかった。どちらかと言えば安心できるようなほっとする匂いだ。


中途半端に警戒しつつ奇妙な感覚に困惑しているマヤに彼は敵ではないと言った。そして、簡単に檻を壊し繋がれていた鎖をあっさりとひきちぎってしまった。


人間は職業をつけて魔法や能力を獲得すると聞いた。つまり、彼は力持ちの職業を得ているということだろう。どちらかといえば細い男が鉄をいとも簡単に曲げる姿は異様でしかないが。人狼以上に腕力がある人間などいるのだと素直に感心した。


だが彼はさっとマヤの傷を魔法で癒してしまった。


今度は、魔法?

力が強くて魔法まで使えるなんて。


魔族は魔力量でその強さが決められているが、魔力が少ない者はそれを補うように力が強い。一部オルグのような鬼人族は魔力を力に変えているのか、剛腕でも魔力量が多い例外もいるが。


マヤは神殿の奥でひっそりと過ごしていたので、魔族どころか人狼のことですらよく知らないのだが。一通り世界については勉強していたので、ある程度の知識はある。書物から得られる知識でしかないし、そもそも勉強熱心というわけでもないので通り一辺倒な知識ではあるが。


ましてや人間など人狼の里で見たこともなかった。だから人間については詳しく知らないので、そんな者もいるのかもしれない、と思い直す。


戸惑うマヤをよそに、彼は保護を口にした。


保護されて今度はどこに行くのか、不思議に思いながら男を見つめると、彼は面倒そうに自分の腕を掴むと魔法を唱えた。


次に目を開けると、視界一杯に青い色が飛び込んできた。青い部屋かと思えば、どう考えても空の上だ。驚いて小さな声をあげると、ふわりと体が浮く。


浮いている事実に呆然とする。


そんな魔法は聞いたこともない。

しかも驚くことに、人間は悪魔の独り言を聞き取ってやってきたようだ。


恐ろしく耳がいい。いつのまに人間は獣人以上の身体能力を身に着けたのだろう。それともやはり職業なのだろうか。


驚いている間に戦闘が始まり、すぐに悪魔は姿を消した。残された魔物は、なんだか手ごわそうな様子だ。だが、やはり平然と魔法を唱えてアッサリと解決してしまう。

もうマヤは何が来ても驚かないぞ、と思う。


この人間の傍にいれば、何がきても安心できる気がする。知り合って間もない上に、想像以上のことを易々とやってのける人間だが、きっとこの人間以上にマヤを驚かせることはないはずだとは獣の直感というか、本能が感じ取っていた。

匂いがひどく安心感を与えるというのも大きな要因ではある。


次に転移したときには、どこかの部屋にでた。あまりに急だったので彼に放り出された途端にバランスを崩して床に座り込んでしまった。だがふかふかの絨毯のおかげで腰を軽く打っただけで済んだ。

しかし、息をするように魔法を使う。


人間は人狼が知らない間に進化したらしい。


人狼は魔法が得意ではない。月魔法が使えるが月の満ち欠けに左右されるので使い勝手も悪い。だから、魔法を立て続けに行使する姿を見ない。それでも時折、月の力に酔って魔力切れを起こすまで魔法を使う者もいる。だが、それもせいぜいが2,3種類の魔法を扱うのがせいぜいだ。それも身体強化に特化しているので、傷を癒して空間を移動するなどまったく系統外のことはできない。


驚くマヤをよそに、人間は部屋にいた別の者に自分を託すとまた姿を消してしまったのだった。

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