第8話 ここは魔王城?(マヤ視点)

助けてくれた人間から託されたもう一人別な人間は、マヤの前にまっすぐに立つ。


自分より頭一つ分ほど背が高い。ピンク色のジャケットに同じ色のかちっとしたスカートがよく似合っているが、堅苦しい印象を受けないのは茶色の長い髪を白いリボンで高い位置に結わえられているからだろうか。


近づかれるとふんわりと花の香りがした。


「初めまして、私はこのフェーレンの市長付き事務補佐官のアリッサ・アシスタンス。貴女たちのような密輸犯に捕まった魔物たちを助けてきたのよ、安心してね」


アリッサは優しく微笑んでくれたので、緊張は少しやわらいだ。だが、もともと話すことが苦手なマヤはなかなか言葉がでてこない。普段から会話がないので、合っているのかも自信がない。


「人狼のマヤ。あの、助けてくれてありがとう」

「助けたのは市長だから、彼に直接言ってね」


市長とは集団の中で一番偉い人の意味だと知っている。里の長と同じ意味だったはずだ。人狼の里長は力を比べをして一番になった者がなる。だが、人間は長になるのは力だけでなく知力や統率力いった、ほかの要素でも決まると聞いた。


彼がとてつもなく強いことは単時間で使ったその魔力量から推測することができる。

強い人が市長になるとはいつから人間は力比べが好きになったのだろう。


「あなたは銀狼だものね、無事でよかったわ」

「マヤのこと、わかる?」

「人間には最古の血統を継いだ種族はいないからあまり知られていないけれど、この街は魔王さまのお膝元だから情報は伝わっているわ」


魔王さま?


人間は魔王と敵対する勢力だと神殿では聞かされていたが、従属していたのだろうか。敬称をつけて呼ぶくらいには、従う意思があるのだろう。


ちなみに人狼は魔王の配下のトップである5人の将軍のうち、吸血鬼のカダルの配下だが、最近はお言葉がないと神官がこぼしていたのを聞いたことがある。むしろ姿すら見ないらしい。ふらりと現れては無理難題を吹っ掛けてくるので、神官たちはいつ来てもいいように準備をしているが、毎日気苦労ばかりで終わっている。

そんな困ったカダルよりもさらに上の立場が魔王であるのなら、輪をかけて要注意人物であるはずだ。

数年前に里長宛に手紙が届いていくつかの禁止事項を伝えた以外は姿すら見せない魔王だと聞いている。

だが、その力は確かで一時里の中が混乱したようだ。神殿にこもっていたマヤは詳細は知らないが。憔悴した神官と里長の姿はよく覚えている。


だが、アリッサの口ぶりはどちらかといえば、敬愛に近いような気がする。畏怖が感じられないのだ。


「さぁ、お風呂に入りましょうか。こっちよ、ついてきてね」


案内されるままにアリッサについていって、マヤは怯えることになる。屋敷ですれ違う人たちは皆、悪魔だったから。鼻をあちこちに向けても、悪魔の匂いしかしない。


それにどのような悪魔も非常に魔力量が多い。先ほど悪魔から逃げてきたと思ったのだが、勘違いだったのだろうか。自分はいつの間に、悪魔の巣窟に紛れ込んでしまったのだろう。もしやここは魔王城だったのだろうか。


魔王城はいつから悪魔が占拠するようになったのだろう。噂くらいしか聞いていなかったが、魔王城は死霊やらアンデッド系であふれていると聞いていたが、総入れ替えでもしたのだろうか。悪魔の気配しか感じないとはどういうことだ。


目の前の歩くのは確かに人間だが、助けてくれた人間も悪魔だった?

悪魔であれば規格外の魔法の使用も頷ける。

だが、聖水を作れる悪魔など聞いたこともない。


だが思い返しても、男の匂いは人間のような気がする。お日様のような温かい匂いがした。

ちなみに悪魔は冷ややかな冷たい匂いがする。バンパイアも似た匂いがするが、もっと血の匂いが強くなる。人狼はもっと獣の匂いが強くなる。


人間と悪魔がいつの間にか手を取り合って仲良く暮らしている事実に驚愕しつつ、鼻を動かしいつものように匂いで判断していると、ふんわりとせっけんと花の香りがした。


「人狼のマヤちゃんを連れてきました。では、後はよろしくお願いします」


アリッサが勢いよく扉をあけながら、中へと進めば大きな浴場だった。部屋にはやはり悪魔が静かに立っている。


そうしてマヤはさらにガッツリと怯えることになった。


そのまま有無を言わさず、メイドの女性にあっという間に裸にされると、全身を丸洗いされてしまったのだから。


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