第9話 最古の血統
「最古の血統、か」
クロゥインは独りごちるようにつぶやいて、3人の様子を伺い見て愕然とした。
誰も口を開かない、だと?!
最古の血統を知らないだなんて言い出せる雰囲気ではないことはわかった。そんなことをデミトリアスに知られれば、彼の無限講義が発動してしまう。時間無制限の、睡眠なしの詰め込み型学習だ。
最古の血統だなんて言われても古いってことかと思うくらいだ。あとはなんだか尊いだろうとうっすらと想像がつくくらいだ。
デミトリアスが知っているということは魔族に関係があるのだろう。悪魔に狙われていたようだったことからも窺える。しかし、アリッサも当然の知識として持っているようだから人間にも関係がありそうだ。
いや、彼女は博識だから知っているだけかもしれない。
それならダグラスが知っている理由はなんだろうか、と思考はどんどん迷宮入りしていく。
「とりあえず保護したんだし、いつものように元の場所に戻せばーーー」
「マイ・ロード、正気ですか。彼女は銀狼ですよ、本来なら人狼に守られていたはずです。それが、こうして街の中にまででてきているということは、人狼たちは動けない可能性が高いということ。それだけの戦力が魔王軍に向けられたのですよ。放置するなど考えられない。即時、撃退するべきです」
「いや、俺は魔王軍とかよく知らないし…」
デミトリアスの雰囲気が一変した。笑顔はいつものように完璧に整っているのだが、背景から何か黒っぽいものがでている。
しまった地雷を踏み抜いただろうか。
「貴方が魔王になってからすぐに幹部である将軍たちには挨拶させましたよね」
「はい、覚えてます」
思わず丁寧に答えてしまったので、デミトリアスが胡乱げな視線を向けてきた。
だって、なんだかものすごく怖い!
クロゥインが魔王を斃した際に、魔王城を吹き飛ばしてしまったので、それまで魔王の元に集っていた大半の幹部は消滅してしまったそうだ。魔法の効果が消えた後の更地とクレーターを見た時におおよその予想はついていたが。
もう二度とあの魔法は使わないと心に誓った瞬間だ。
残ったのは1人だけだが、彼女は覚えている。あまりに印象が強烈で。残りは新たにデミトリアスが連れてきたのだ。
そもそもデミトリアス自身が前魔王の配下ではない。彼は前魔王を斃したという俺の話を聞いて一番最初にやってきた魔族だった。そのまま、魔王付きの副官として居座っている。
幹部は3人だが、デミトリアスはそこに含まれない。残り2人がどんなやつかうっすらとしか記憶にない。幹部は新しく造った魔王城で魔族をまとめてくれているので街にはこないのだ。もうかれこれ8年は会っていない。
そんな彼らを覚えておけというのが、無理な話だ。
と、声を大きくしてデミトリアスに言いたいが、後悔しかない未来しか見えないからぐっとこらえる。
「人狼は以前は吸血鬼の配下でしたが、今は再編成されて猿人の配下になったのです。恐らく救援が間に合わなかったのですね」
人狼より猿が強いの?
これだから魔族はよくわからないのだ。
魔物は魔力を体に取り込んだ生き物が変化したものだ。知能が低く、そもそも仲間意識もない。暴れたいから暴れ、食べたいから食べるといった本能に忠実な生き物だ。そして勝手に増えて、手当たり次第に襲いかかる。
だからこそ、退治するし、討伐の必要がある。話し合いでどうこうできないからだ。
一方で魔族や魔獣は言葉も通じる知能ある生き物だ。基本的には魔王を筆頭に弱肉強食の世界を築いている。保持魔力量で強さを計り、強者に服従を示す。長命で、独自の文化を築いている隣人ともいえる。
魔族は魔王の考え方次第で、人との付き合いを変えてきた。前魔王は死霊魔法を使うアンデッドで人に迷惑をかける魔王だった。各国から討伐依頼がでたのでそれなりに悪さもしたのだろう。
結果的に自分が斃したけれど、本来ならば勇者とかがでてきてやっつけるはずだったのだ。クロゥインのような魔物討伐を主とする冒険者の仕事ではない。冒険者はダンジョンなどを攻略して宝を収集したり、ギルドに来た依頼を受けたりする。
決して、冒険者は魔族を従えて魔物や魔獣がどこの誰の管轄かなんて考えることが仕事ではない。
獣人が襲われたから報復を考えることが仕事でもない。
断じて!
ないはずだが、悲しいかな、今のところは俺が魔王なのだ。仮だけれど。
「わかった、わかった。デミトリアス、被害状況を報告させろ。将軍たちをこちらへ呼んでおいてくれ」
「かしこまりました、マイ・ロード」
ようやくデミトリアスから及第点をもらえたようだ。
綺麗なお辞儀を眺めながら、こっそりとしかし盛大なため息をつくのだった。
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