8年ぶり三将軍編

第10話 デミトリアスの懐古(デミトリアス視点)

デミトリアスは悪魔だ。そして最古の血統でもある。生まれかわりや血を継いだわけではなく、彼自身が神に仕えていた。


記憶は遠くおぼろげだが、感情が満ち足りていた実感だけは鮮明だ。

だから銀の巫女を見た時、確かに一瞬の懐かしさを感じて、己の感情に苦笑した。


やはり自分の中ではあの時代が、肯定的に受け入れられているのか、と。


だからこそ、これまで魔王に従うつもりはなかった。神ほどの充足感を与えられるような存在はたとえ魔族の王といえどもいなかったからだ。

1人気ままに、魔族や人間をからかい、玩びながら生きてきた。

時々は長い時間に倦んだりしたこともある。いつ終わるとも知れない生は楽しみや生き甲斐などといった感情を腐らすのだと実感した。


だが、あの日。


前魔王である脆弱なアンデッドが消え去った日の、身の内を駆け巡った震えるほどの歓喜を、なんと言葉にすればよいだろう。


切なさと、懐かしさと、哀しみと。

愛しさと、少しだけの煩わしさも含んでいて。


思わず触れてしまった膨大で圧倒的な魔力を前に、結局、一夜も待てずに駆けつけてしまった。


魔力の残滓を追えば、彼は建物から出てきたところだった。返り血の含んだ服に頓着せず、現れた悪魔に無感情な視線を向けてくる。それは自身にとっては身が凍るような一瞥だったが、心は歓喜に震えていた。

最高位の悪魔たる自分の正体を知りつつ何の感情も抱かない人間など皆無だ。人間どころか生き物は恐れ戦き、姿すら見せない。歴代の魔王たちですら関わらないように逃げ回っていたくらいだ。


それが静かに対峙するに留まっているのだから。言葉もなく見つめ合った時間すら新鮮だったと後に告げれば、主となった少年は変態だと、簡潔に述べただけだった。


あの出会いのとき、報復を終えたばかりの彼は、魔力の急激な増幅に耐えつつ激しい頭痛と暴れだす感情に抗っている状態で取るに足らない悪魔からの懇願など一顧だにしなかった。


それからの10年はあっという間だ。


彼に、仮にだと連呼されながら渋々魔王を引き受けさせたり、彼の配下に相応しい人材を集めたり、魔王城の再建を指示したり。

過去のあれこれを思い返しながら、しみじみと新しく建った魔王城を見下ろせば、相変わらずの漆黒の城は柔らかな日差しを受けて鈍く光っている。


うっすら紫色を放っているのは建材に使われた黒竜の皮膚のせいだ。

以前の黒い壁は火山近くの固い石を加工して強度を増したものだと聞いた。だが、それでは我が主に真に相応しいと思えず、がんばって黒竜を狩ってきてよかった。

出来栄えにデミトリアスは満足する。


更地の一角、巨大な湖の横に静かに佇んでいる城を見ては、主の力の凄さを実感する。

それに相応しい城の外壁を提供できたのだから。


「あら、あんたが主殿の傍を離れるなんて。何かあったのかぃ?」


魔王城の最上部のバルコニーに降りたったとたん、部屋へと続くガラス張りの扉が大きく開かれた。


現れたのは深紅の豪奢なドレスを纏ったパロニリアだ。


ストロベリーブロンドの長い髪をゆるくカールさせふわりと流し、菫色の瞳を蠱惑的に細めている。匂い立つような妖艶な美女だが、淫魔であり、数少ない時空魔法の使い手だ。


三将軍のうちの1人でもあり、その力は折り紙つきだがデミトリアスが彼女に囚われることはない。単純な力でいえば自分のほうが上だ。


「その主のお呼びです、すぐに来て下さい。人狼の里が襲撃に合い、銀狼が攫われたのです」

「え!? 銀の巫女がかぃ?」

「主が助けたので、彼女は無事ですよ」


その言葉にパロニリアの顔色がみるみる悪くなった。


「ああ、なるほど。叱るのは後でたっぷり聞かせてやっておくれね」

「どういうことです?」


片眉を上げて視線を向ければ、パロニリアはゆったりと答えた。


「グアラニーの姿を昨晩から見かけないんだよ」

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