第1章

抱き枕との出会い編

第1話 条例は昼寝の確保

世界は3つの大陸に分かれている。そのうちの一つ、大大陸と呼ばれる扇形の大陸の北に、ガンダル王国はある。歴史は古いが、規模としては小国だ。

だが、魔王城がある大峡谷に一番近い国であり、その辺境にある都市フェーレンは、魔物討伐を主にする冒険者ギルドが有名だ。


そのフェーレンには(仮)市長の奇妙な条例がある。

―――曰く、昼の1時から2時の間は、何人も音をたてることあたわず。


そのため、フェーレンは昼の1時から2時の間は防音魔法が張られた家屋の奥まったところで仕事をするのが常で、通りには人の姿はなくなる。馬車や荷車は路肩に寄せられ、家々の扉や窓は固く閉じられていた。


ちなみに、その防音魔法は、力を込めた魔道具を市が無料で配布している。家屋に防音魔法を展開する時間も1時から2時と9時から翌朝6時と条例で決められているほどの徹底ぶりだ。


だが、その通りを一台の幌馬車が進んでいた。

ガラガラと大きな音を立てて、都市の真ん中、南北を走る大通りの石畳を南にある市街門を目指して走る。


小汚い恰好をした男が二人、御者台に座りながら、辺りを見回した。


「あ、兄貴、これじゃあ、目立っちゃいますぜ」

「そうだが、昼すぎの鐘が鳴ったと思ったら誰一人いなくなっちまった。どうなってるんだ」

「この都市に入るときに門番の兵士が言ってた話じゃないですかぃ」


二人がこの都市に着いたのは昨日の夜だった。その時に、都市を守る門番の兵士から、昼の1時から2時の間は外出しないように言い含められていたのだ。だが後ろ暗いところのある二人は、それを聞き流しこうして幌馬車を走らせているのだが。


あれほど賑わっていた大通りは、今、閑散としている。


人が住んでいるのが不思議なほど住民は息をひそめていた。

目立つなと命令を受けている二人は、ものすごく響き渡る車輪の回る音に渋面を作るしかない。


「とにかくさっさと街を出るぞ、約束の時間に間に合わないからな」

「そうで―――、ありゃあ、なんで…っぶふっ」

「ああ?―――っぶ」


背後から飛んできた黒い罰の形をした何かが男たちの顔に張り付いた途端、二人は顔を見合わせた。お互いの顔に、大きな罰が黒々と書かれている。


なんだこりゃ、と声を出したつもりが二人とも口をパクパクと開くだけだ。


魔法だろうが、こんな奇妙な現象は見たことがない。

思わず幌馬車を停めて、二人は身振り手振りで会話ができないことを伝える。


その時。


「お前ら条例を破るとはいい度胸だな」


地の底を這うような低い声が正面から聞こえた。

いつの間にいたのだろう。馬越しに、長身の凶悪な面構えをした男が立っていた。


短めの黒髪に、同じく黒い瞳をした男は、年の頃は30代後半といったところだろうか。耳に光る銀のイヤーリングは高級で身なりはそれなりに整ってはいるが、その顔立ちが他者を圧倒している。


自分たちも決していい面構えとは言えないが、彼はすでに何かの犯罪を犯しているに違いない。それも重犯罪だ。窃盗などと軽いものでは決してない。


眉間に深く刻まれた皺と、鋭い目つきは一目で犯罪臭がする。

そんな凶悪犯真っ青の男がゆっくりと口を開いた。


「俺は昼寝を邪魔されるのが、一番腹が立つんだ」


は、昼寝?

聞き間違えだろうか、と男たちは思ったが彼はそれ以上、説明する気はないようだ。


「『エアロ・ブレス』」


現れた男がすらりと剣を構え、一言魔法を唱えた。

『魔法剣士』か、と認識するよりも魔法の程度の低さに驚愕する。

風のそよぎと言われる魔法だ。


職業を獲得しなくても使える簡単な魔法で、一吹き、爽やかな風を運んでくれるので洗濯物を乾かしたり、夏の暑い日に憩いを提供してくれる生活魔法。


だが、あっさりと振り下ろされた剣から出たとは信じられないほど、ごうっという唸りが聞こえた時には、二人の男たちは御者台から宙に舞い上がっていた。


え? 生活魔法では?!

声を出す間もなく、二人の男たちは遠く都市を守る隔壁の向こうへと飛ばされるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る