第8話4つ目の価値 『金属と油』_2
今、私は金属で出来た椅子に座らされ、複数の接続プラグによって体を繋がれていた。
接続プラグは主に脳と背中に繋がれており、不思議と痛みは無い。
――――『生体金属統合改造装置』。
それがこの機械――――遺物――――の名称だった。
「そんじゃ、始めるよ。痛みとかぜんっぜん無いから安心してね。あと、絶対に動かないでね。動いたら打った麻酔が切れるから」
「はーい」
まず、胴体、両腕、頭、両足の順番に私の体は交換されていった。
鋭利な刃物で接続部分が切断されていく。
血が断面から噴き出る。
目隠しをされているから何も見えない。
感じるのは刃物が自分の肉を断つ感覚だけ。
首が、太腿が、肩が切断されて胴体だけが残る。
自分の体が『何物か』によって置き換えられていく。
私の体も。
腕も。
脚も。
おっぱいも。
アソコも。
血も。
組織液も。
心臓も。
内臓も。
全て別の物に置き換わっていく。
『本物』から『ニセモノ』に。
偽りの存在へと。
「はい。いいよ」
そう言われて目を開けると、ルルロロが目の前にいた。
「ほら、どうだい? これが生まれ変わった君の体だよ」
そう言いながら彼は私に鏡を見せた。
「これが……私……?」
『私』はもはや『私』では無くなった。
細い胴体に大きい頭。
先端にニッパーのような物が付いた手。
『足』の感覚が無い。
ただ、地に付いているという感覚しか味わう事が出来なかった。
キコキコキコキコ、と軋む音と油の臭い。
キャタピラのようなものが、本来足だった部分についていた。
「これ……」
「あ、それね。垂直な所でも地面に密着して進めるんだ。凄いでしょ。可動域が広くなるように3分割してみたんだ」
「んーーーー……」
小さなキャタピラが6本。
左右で3本。
「なんか、ダサいよね。これ」
「だっ、ダサいだと!?」
「うん。だって、こんな体変じゃない。どう考えても」
「男のロマンを注ぎ込んだんだぞ!」
「私、女だし……」
「まぁ、そうなんだけれどな。でも、これでかなりこの環境に適することが出来る。 普通の人間では行くことの出来ないようなところでも余裕で行くことが出来る。これで、ユグドラスの最深部まで行くことが出来る。君の『欲望』を満たすことが出来る」
「ありがとうございます」
目の前には自分の抜け殻が置かれていた。
『自分』だったもの。
それは過去の遺産であり、化石だ。
まるで自分が自分ではない気分だ。
自分がそこにいて。
でも、それは私の体ではなくて。
このガラクタのような体が自分の体で。
自分がどこかに行ったような気分だ。
神隠しにあった心が宙を舞う。
自分はどこにいるのか。
自分が消えたような気持ちだ。
「君は分かっていたはずだよ。ここに来れば君は君ではいられないと。それでもっ自分を見失わない。そんな強さを君は持っているはずだ。だからこそ、ここまで君は来ることが出来たんだ」
そうだ。
私は『私』を見つけに来たんだ。
その為にここまで来たんだ。
心の深層から叫ぶような衝動が沸き上がる。
『私』がいると。
『私』を探せと。
それは自分の本能だ。
奇跡なんてない。
ここにあるのは途方もない残酷な現実と世界の掟だ。
「ありがとう」
そう言い残して私はルルロロの側から離れた。
彼の話によれば、ここからは一本道。
この先にいるのは『新世界』だと。
この先に行く者にとって残るのは、自分に残された願望、執念のみだ。
背中に設置されている六本の『液体食製造生命維持機能管理管』に意識を移す。
透明の管の中に完全栄養剤が入っており、私の生命維持を担っている。
透明感のある琥珀色の液体。
『液体食製造生命維持機能管理管』は、この層で採れるルアガルシアングという固い植物から製造されており、強酸や強アルカリ、衝撃にも耐えることが出来る優れものだ。
更には、液体を生命維持に必要な栄養に変えるという奇跡のような道具でもある。
これで食事も排出行動も不要だ。
それに、
後ろに背負っている『液体食製造生命維持機能管理管』の液体が全部無くなると私の体は動かなくなってしまう。
それだけは気を付けないといけない。
進むたびに背中からぽちゃんという水音がする。
キャタピラをキコキコと動かしながら進む。
気分は戦車だ。
ペンチのような自分の指を眺める。
ガチン、ガチンと動かしてみる。
乾いたぶつかり合う金属の音が響き、衝撃が伝わってくる。
今の自分に残されたのは『自分探し』という欲望だけだ。
それだけが今の私に残された魂の欠片だ。
どこまでいくのだろう。
私は一体どこに行けばいいのだろう。
どこまで行けばいいのだろう。
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