第7話 4つ目の価値 『金属と油』_1

 ミリルちゃんから貰った地図を貰いながら歩を進める。

 更なる深みへ。更なる深淵へ。


 私は着実に生命の根源へと近づいていた。

 が、その実感は全く無く、ただひたすらに進んでいるだけのような気がした。

 この先に何が待ち受けているのか分からない不安。

 それと同時に知的好奇心も湧いてくる。


 自分の知らない世界を知ることへの好奇心。

 知的な刺激。

 冒険心。


 私の心はユグドラスの畏怖と尊敬の念で溢れていた。

 ルミルから貰った地図だけが頼りだ。

 私の足は以前と何ら変わりが無いように思えた。

 ただ、構成物質が違うというだけで……。


 神経も通っているし違和感も無い。

 私は自分の体が自分の体ならざるものに侵食されていく感覚に快感を得るようになってきていた。

 機械化していく私の体に。非人間化していく私の体に。


 私はどこまで『人間』でいられるのだろう。

 その挑戦をすることに私は意義を見出し始めていた。

 ――――高揚感。

 これから自分の体を変えるとしたらどこなのだろうと想像したらゾクゾクする。


 光は発光菌類と発光胞子植物だけ。

 その光だけが頼りだ。


 植物らしい植物はどこにも生えていない。

 生えているのはシダ植物やコケ植物、キノコ、藻類ばかりで他に目ぼしい生物はいない。


 コケばかりの空間を進む。

 確か、この先に拓けた場所があると地図に描いてあった気がする。

 地図を開いて確かめてみる。


 うん。合ってる。

 大丈夫だ。


 前進すると、地図の通り拓けた場所に出た。

 円柱型の巨大な大穴だ。

 が、そこにはあらゆる生物が闊歩していた。


「な……に……。これ」

 目の前の光景に絶句する。


 ムカデ(のような生き物)が空を飛び、ナメクジみたいな生き物や、その他見たこともない生物が空中を地面を動き回り、食物連鎖を繰り返していた。


 大穴に足を踏み入れた瞬間、空飛ぶムカデが襲いかかって来た。


「キャーーーーー!!」

 洞窟に急いで戻る。


 空飛ぶムカデは軌道を変え、壁に沿って飛んで行った。


 へなへなと地べたに座り込む。

「ど、どうしよう」

 このままでは進むことが出来ない。


 地図によればこの先に村があるはずなんだけれど……。

 この大穴の中心部に。


 それらしいものは見当たらない。

 直接行ってみないことにはなんとも言えないけれど……。


「よし。行くか」

 槍とボウガンを手に、心を入れ替えて再び進む。


 走る。

 巨大なクマムシが襲いかかってきた。

 ボウガンで対抗。


 それも、唯の矢では無い。

 ヒガンダケという、自らの危機を感じると破裂して、自分の体内に内包されている刃を撒き散らすキノコだ。

 そのキノコの恐ろしい所は、その刃の中に胞子が入っている事だ。

 ヒガンダケは矢で敵の体に穴を開き、胞子を敵の体内に植え付けて寄生させる。


 この矢はそのヒガンダケを鏃に取り付けている。

 敵の体内で破裂し、即寄生させる。

 それがこのヒガンダケの力なのだ。


 巨大クマムシの体に矢が突き刺さり、体内を——皮膚を——突き破り、真紅色のキノコが現れる。


「ビュオオオオ」


 巨大クマムシは阿鼻叫喚の悲鳴を上げ、その場に倒れた。


 よし。

 このまま突っ走れ。


 が、物事というものはそう簡単に上手くはいかないものだ。

 ザリガニのような巨大な生物が現れた。

 背中に巨大な甲羅を持ち、両腕に物々しいハサミを装備している。


「嘘でしょ」

 ヤバい。

 これ死ぬ。


 多分、私あのハサミで体を真っ二つにされるんだ。

 そう思うと、恐怖が心臓から込み上げてきた。


 とその時、目の前のザリガニが何者かに倒された。

 代わりに現れたのは別のザリガニだ。

 見た目はほぼ一緒だが、今度のは背中に巨大な岩のようなものが張り付いていた。

「あんた、ここにいると危ない。早くその縄に捕まって」

「は、は、はい!!」


 目の前に放たれた縄を両手で掴む。

「引っ張るからね!」

 あまりに突然の出来事に頭が混乱していて、言われるがままにするしかなかった。


 私を引っ張っているのは少年なのだろうか。

 ローブを羽織っていてよく見えないが、身長はそんなに高くは無さそうだ。


 私は引き上げられ、少年に手を掴まれた。

「早く。こっちだよ。アルガートン。逃げるよ!!」


 少年と私は巨大な岩の中に入った。

 巨大なザリガニ(?)は移動を始めた。

 思ったより早い。


 どのような仕組みかは不明だが、絶壁を這い上がっていく。

「よし、アルガートン。あの穴に入るぞ」

「ンゴォ!」

 少年が指を指し示した穴へ入って行く。


 殻の中に入っていく。

 殻の中は少年の部屋になっていた。

 台所、ソファ、冷蔵庫、寝床等々———。

 生活できるだけの家具が一式揃っていた。


 7……いや、10疊は余裕である。

 彼は暖簾のれんのようなもので空間が仕切られていた。


 少年ローブから頭を露わにする。

「ほおおぉぉぉ……」

 感嘆が口から零れ落ちる。


 ――――美少年。

 一言で彼を言い表すのなら、それが一番しっくりくる言葉だった。

 金髪で撫でるようなストレートの髪にアクアマリンのような水色で透明な瞳。

 シャープで美形な顔に陶器のような肌。

 唇には薄い桜色の唇。


 彼は空に舞う天使のような風貌をしていた。


「君、危なかったね。あそこは地底生物の宝庫だからね。奴らは感覚器官が優れているからね。地底5㎞になると光が届かないから他の感覚器官が優れた生物が多いんだ。人間は目に頼りすぎるところがあるからね。ここからの層が一番冒険者の死亡数が一番多いんだよ」

 少年は暖簾を掻い潜りながら言った。

「な、なるほど。気をつけて進まなくちゃいけないのね」


 覗くと、人一人入るのがやっとの部屋。

 色んなボタンや操縦桿が無数に装備されていた。


 真ん中には椅子が置かれており、少年が座って操縦をしていた。

 彼は色々忙しなく、こっちを見向きもせずに操作をしながら、

「君もユグドラスの中心部を目指して来た口だろ。分かるよ。何人もそういうやつを僕は見てきたからね。君も十分気を付けると良い。人が死ぬときはいつも急かゆっくりかだ。どちらが地獄なのかは分からないがね」

「どんな死に方が多いんですか?」


「それ聞いちゃう? まぁ、、良いけどさ。主な死因は二つある。一つはさっきの君みたいに地底生物に襲われて死ぬ方法。もう一つは、機械にされるという方法」

「機械……?」

「そう。機械。こんな奥地に住んでいるなんて変人かもの好きしかいないからね。僕は『機械屋』をしていてね。冒険に役に立つ道具を作っているんだよ。ここら辺の環境は厳しいからね。僕のような機械専門の人間がいないと。直ぐに武器とか壊れちゃうから」


「そうなんですね。その場合の『代償』って何になるんですか?」

「君、それを聞いちゃうか」

 少年はふぅ、と嘆息をしてから、

「体だよ。君達のね。君もここまで来たのなら知っているんじゃないのかい。ユグドラスを深く潜れば潜る程その人の求める欲望に近い『代償』を求めるとね。僕の場合は『機械』だからね。いや、もっと正しく言うと『人の綺麗な体を保存する』ことかな」


「『人の綺麗な体を保存する』……ですか」

「ああ。そうだ」


 私たちはある程度安全な場所に移動してから話の続きをした。


 少年は部屋に戻り、椅子に座りながら、

「完全に僕の趣味なんだけれどね。見せてあげるよ。こっちにおいで」

 言われるがまま少年に付いていく。


 少年はクローゼットを退かしてとある箇所を押すと、一つの部屋が現れた。

「これって……」

 私は目の前の光景に大きく目を見開く。


「僕のコレクションたちさ。可愛い可愛いお人形さん達」

 部屋に置かれていたのは培養槽と標本にされた美少女、美少年たち。


「どうだい。すごいだろう。やっぱり、綺麗なものは永遠に自分の元に置いておきたくてね。大丈夫さ。その代わり、この子たちの体はどんな環境下でも壊れることのない体を作ってあげているからさ」


 酷い。

 という感情は無かった。


 だって、これが彼の『美』の姿なのだから。

 彼の心の中にはこういう欲望が渦巻いているのだ。


 美少女を、、美少年を永遠に殻の中に閉じ込めておきたいという欲望が。

 それは私の『根源探し』の欲望と同じだ。


 人の欲望に差などないのだから。


 寧ろ、私にとっては好都合だ。

 正直、冒険をするのにこの体は邪魔だ。

 障害になる。


 なら、いっそのこと機械になった方が良い。


 少年に話しかけようとしたら、少年の方が話しかけてきた。

「君、良い体しているよね。美形だし。お人形さんみたいだ。是非とも僕のコレクションの中に収めたい。君は特別な体にしてあげるよ。最高級の体に。どうだい?」


「あ、はい……」

 もう、それでいいかなと思った。


「それでもっと深くまで行けるのなら」

「それじゃ、決まりだね。僕の名前はルルロロ。よろしくね」

「うん。私はルシア。よろしく」







































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