第6話3つ目の価値 『植物脚』_3

 私の足は主の爪によって大きく引き裂かれていた。

 神経までは達してはいないものの、筋肉が剥き出しになるほどの大けがをしていた。

 ルミルによると、今治す手段は無いという。


 ルミルは夜な夜な私に泣いて謝った

「ごめんな。ごめんな。ごめんな。おいらが試練なんて言い出すからこんなに」

「いいよ。受けたのは私だし。それに、ルミルちゃん最後の試練の時に言ったでしょ? あそこで死んだら死んだで終わり。それが自分の人生なんだって。それに、ルミルちゃんがあそこで助けてくれなかったら私あそこで死んでたもん。寧ろありがとうって感謝したいくらいだよ」

「そんなことはねぇ。おいらが試練だなんて言い始めたからいけねぇんだ。責任は取らせてくれ。完治までとはいかねぇけど、ある程度まで治す手段はあるからよ」


 そう言って、毎日毎日彼女は起きることもままならない私の面倒を看た。

 それこそ、感謝してもしきれないくらいに。


 治るまで二週間(ルミルの話ではこのくらいの時間だったらしい)。

 その間、私はもう一度自分のことについて考えた。


 自分は本当は何がしたいのか。

 この旅の先に何があるのか。

 何の為に自分はこの旅をしているのか。


 省察をする良い機会だった。


『自分』の為にと今まで言ってきていたが、そもそもなぜ自分は『自分探し』をしたいのだろうか。

 何がきっかけだったのだろうか。


 そう。

 あれは父と母と会話をしていた時のことだった。


 全ての生命はこのユグドラスに生れ、死んで逝くと。

 死者の魂はユグドラスの最深部に行き着き、また新たな肉体を得て新の生命へと生まれ変わると。

 私たちの魂はこのユグドラスに回帰し、転生するのだと。


 ユグドラスの最深部はユートピアなのだと。

 アヴァロンなのだと。

 桃源郷なのだと。


 全ての生命の根源であるユグドラスの最深部。

 生命の鍵であり、核である神域。


 その時、私は思ったのだ。

 もし、本当にそんな場所があるなら是非とも見てみたいと。


 自分の本当の姿を。

 生命の源を見たいと。


 その日からだ。

 私がユグドラスの魅力に憑りつかれたのは。


 冒険者の資格を手に入れ、『自分探し』と言って故郷を離れた。

 そうだ。


 私は自分だけじゃない。

 真実を知りたいのだ。

 謎を。


 私は『生命の根源』という憧れをずっと抱いていたのだ。

 それは自分のためだけじゃない。

 全生命の謎の究明、解明に一筋の明光を照らすかもしれない謎だ。


 私はその謎を知りたい。

 だからこそ、自分はこの旅をしているのだ。


 自分とは何かという問いは、言ってみれば魂の救済を求める声なのだ。


 肉体的にも精神的にも。

 私はその救済を求めているのかもしれない。

 自分を解放し、新たな自分になれる救済を。


 二週間後、私は松葉杖を付きながらなら歩けるようにはなった。

 もうこれ以上の改善の見込みは無い。

 だからと言って、動かなかった私の介護を全力を尽くしてくれたルミルに文句は言えない。

 寧ろ、感謝をしたいくらいだ。


「ありがとう。ルミル」

「いや、そんなことはねぇよ。こっちこそごめんな」

「でも、或る程度治ったし、私の足を切って良いよ」

「でも……」


 ルミルはたじろぎ、躊躇する。

「ここまで回復するまで面倒を看てくれたんだもん。十分だよ。それに、約束だったでしょ。私がここに泊まる代わりに私の両足を切り落とすって」

「そ、そうだけれどにゃ……」


 罪悪感があるのか、耳を前に垂らす。

「おいらのせいでルシアが傷付いてしまったのにゃ。これはおいらの責任だからにゃ。幾ら、ユグドラスのルールだからってルミルの足を切り落とすなんて……」

「それじゃ、その右手に持ったチェーンソーは何のために持ってるの⁉」

「そ、それは……」

 気まずい空気が流れる。


 感謝しているからこそこの足をルシアにあげたいのに、何で分かってくれないの?

 本当は私の足が動かせなくなったあの時点で切り落とすことだってできた。

 それなのに、ルミルが私の足を切り落とさなかったのは責任を感じていたから。

 自分の性で私が傷ついたっていう罪悪感があったから。


 もちろん、保存する足を綺麗な状態で保管しておきたいという彼女の『欲求』はあったのかもしれない。

 だけど、それだけでここまでしない。

 それはこの三週間近く彼女と一緒にいた私が一番良く知ってる。


「もういい。私がやる」

 ルミルの手からチェーンソーを取って、スイッチをオンにして自分の足に当てる。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 激痛。

 肉が絶ち、骨が切断される音が部屋中に響き渡り、床いっぱいに血が流れる。


「止めてくれ。おいら、おいらはルシアが傷付くところなんて見たくねぇのにゃ」

 言い返そうとしたが、痛みで悲鳴しか出ない。


 奪い返そうとするルミルの両手を抵抗する。

「なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんで。なんで離してねぇんにゃ!! これがユグドラスの理だからにゃ⁉」

 血反吐が出そうな激痛に耐えながら、私は言葉を発する。

「そう……よ。これが…………私の、せめてもの感謝の証。少し……でも…………罪悪感……が…………あるなら……自分の役目を………………果たしなさい……よ」


 ルミルの目が変わる。

 覚悟の目だ。


「ユグドラスの理に従い、おいらは『代償』を執行するのにゃ」

「うん。それでいいよ。その目だよ……。早く。早く私の腕を切って……!!」

「ごめんっ!!!!」

 直後、私の阿鼻叫喚が部屋中に響いた。


 ―――――――――――――――――――――――――

「ごめん。ルシア。代わりになる足がこんなのしかなくて」

「良いよ良いよ。十分動かせるんだし。松葉杖で動くよりも早いし」

 えへへとルミルに笑いかける。


 新しい自分の足に触れると、コツンと金属の音がした。

 ギルメタルと言われる金属で造った義肢。

 見た目は鉛色で金属そのものだけれど、神経に繋がれているから自分の意志で自由自在に動かすことが出来る。

 私の左腕は完治して元通りだ。


 接着する時めちゃ痛かったけれど……。


「それじゃ、行くね」

「うん。気を付けてね。とても大変な旅になるだろうけれど、応援してる」

「うん。ありがとう」


 ルミルから貰った槍とボウガンと地図を持って森を抜ける。

 新しい自分を探す為に。

 命の根源を巡る旅に。
































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