第5話 3つ目の価値 『植物脚』__2
「起きろにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ふぇぇぇ!?」
何が起こったか分からないまま起こされる。
え?
何?
何?
何が起こったの?
「ほら、起きる起きる。今日は大切な試練の日なんだからにゃ」
「ん〜」
何この目の前のもふもふは。
ああ、そうか。
目の前にいるのは私のお人形さんだ。
だきっ。
目の前のお人形さんを抱く。
この羊毛のようなもふもふの感触に、程よく付いた肉。
手が毛と毛、肉と肉の間に吸い込まれていく。
「えへへ。気持ちいい」
「や、や、や、やめろぉぉぉぉ! おいらに触るんじゃねぇぇぇぇのにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
!!」
「やぁだぁ」
「おい! 毛のせいで
「お母さん……」
意識が朦朧とする中で母親の面影を見る。
むにゃむにゃ。
「ったく。しょうがないのにゃ」
——————————
「はっ」
目を覚めると、目の前にルミルの顔があった。
と言うよりは、私がルミルに抱きついていた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「んにゃぁぁぁぁぁ!!」
「な、な、何でいるの!? でも、気持ちいいからおっけー♪」
「おっけーじゃねぇぇぇぇ! いいから離れろよ。んにゃぁ。ったく、いきなり大きな声出すなよなぁ」
えへへ。
肉球の付いた手も柔らかい。
意地でも離れまいと抵抗する私に諦めたのか、台所へと移動する。
「ほら、朝飯が出来てるから食えよ」
「わあい!」
木製の食器とスプーン、フォークが食卓に並べられていた。
中には獣肉とどこからか採ってきた野菜が豊富に入れられてる。
ほつほつと湯気が沸き立ち、鼻を豊穣な香りが刺激する。
口の中に唾液が溢れ出す。
こ、こ、これは間違いなく美味しい。
——一口。
柔らかい肉塊を一回噛む度に肉汁が溢れ出し、口の中に濃厚な味が広がっていく。
野菜は外はサクサクしているが、中はぷにぷにとした弾力のある粒が入っていて噛みごたえがある。
「んはぁ〜〜」
「んにゃ~~。美味いかにゃ?」
「うん。美味しいよ。とっても。旅を始めてから、こんなに美味しい食事は初めてだよ」
「そっか。そりゃ、良かった。食い終わったら早速試練だ。とっとと準備をしろにゃ」
「は~い」
食事を終えると、ルミルから三つの試練が言い渡された。
一つ目の試練は「獄門森」と言われるルミルの住処の側にある森に5日間生き延びることだった。
「良いか。この森の動物や虫は他の上位層の奴らより体も大きいし凶暴にゃ。おいらが罠を張っているから気を付けろよ。罠に掛かって死んでもおいらは知らないのにゃ。ここで5日間生き延びることが出来たら最初の試練は良いにゃんよ」
兎に角、この5日間はきつかった。
最初は拠点作りに勤しんだ。
敵が少なく安全な場所が必要なのだけれど、これが中々無い。
半日くらいずっと探し続けてやっといい場所を見つけた。
そこから、枯れ木を集めて火を起こしたり、獲物を仕留めたりと色んな事に気を使わなくちゃいけなかった。
この試練で一番きつかったのは、罠だ。
ルミルが仕掛けた罠は巧妙で周囲の環境に溶け込んでいて見つけ辛かった。
しかし、こちらには『超音波式赤外線センサー設置ゴーグル』がある。
普通の目で見つけるよりかはまだマシだろう。
3日目からは
午前中は拠点強化、昼食の用意、周囲の探索。
昼間から夜にかけては、夕食の準備、周囲の探索、罠の解除、明日の朝の準備。
夜は道具の製作、拠点の強化に集中した。
何とか第一次試験を潜り抜け、次は二次試験へ。
二次試験はルミルの住処のすぐそばにある水場だ。
小さな滝が流れていて、小さな池があった。
第二次試験はこの池に生息している魚を採るということだった。
「この魚はアルガサケと言ってにゃ。身の危険を感じると直ぐに逃げてしまうんだにゃ。ま、あとは自分の力で頑張るんだにゃ。自分の体しか使っちゃダメにゃんよ」
制限時間は一時間。
その一時間以内に三匹捕まえることが出来たら第二次試験合格らしい。
池を覗くと、確かに魚がいた。
水が綺麗なので目視することが出来る。
しかし、これまた何度がかなり高い。
だって、魚の速さが尋常じゃない。
「うわお。これを捕まえるの?」
「そうにゃ。こいつを捕まえるのにゃ。よーい始め」
「いや、ちょっと待ってよ」
時間が無いので池に潜る。
一瞬にしてアルガサケ達は私の横を通り抜けていく。
掴もうとしても、そもそも目で捉えることが出来ない。
ど、どうしよう……。
何か工夫しないと。
工夫を……。
使うのは自分の体だけ。
道具を使ったら失格になってしまう。
なら、どうすればいいのだろうか。
手段が無い。
考えろ。
何かないのか。
何か。
潜ったら何か分かるかも。
「ほっ……」
水中に潜る。
冷たい感触。
速く移動しているアルガサケは捕まえることが出来ないので、休んで静止していたり、ゆっくり泳いでいるアルガサケを観察する。
カジキのような細い体だが、筋肉質な肉体をしている。
なぜこんなにも速く泳ぐのだろうか。
そういう動機のようなものを知りたい。
絶対に何かあるはずだ。
「ん?」
観察をしていると、水中に何か蔓のような植物が生えているのに気が付いた。
浮いているといった表現の方が正しいのかもしれないけれど……。
しかも、かなり長い。
3メートルは余裕にある。
長いもので7メートル近くある。
アルガサケが蔓の方に近づくと、蔓が素早くアルガサケに絡みつく。
アルガサケは持ち前の素早さで蔓の罠をすり抜ける。
なるほど、敵から逃げる為にあんなに早く移動するのか。
それに、移動した後はインターバルが必要なようだ。
速く移動するのも一直線のみ。
ぐにゃぐにゃ移動していない。
これなら何とかなるかもしれない。
ていうか、蔓に捕まったアルガサケをとっ捕まえればいいのでは?
よし。その作戦でいこう。
蔓に近づいた瞬間、足に蔓が絡まった。
「うきゃぁ⁉ ぶへっ!!」
足が蔓に捕まって引き寄せられる。
が、途中で止まる。
「うへ?」
何が起こっているのかよく分からないけれど、とりあえずこの状況から脱しないと。
手で蔓を引き千切る。
「あ、危なかった」
あのままだったら吸い込まれていたかもしれない。
でも、もしかしたら吸い込まれていなかったかもしれない。
もう少し観察をしてみよう。
蔓の場所には穴が開いてあった。
そこにアルガサケは吸い込まれてしまっているみたいだ。
穴はさほど大きくない。
魚一匹が入れるくらいの大きさだ。
なるほど、蔓に捕まったら、あそこに入るのか。
捕まったアルガサケを見ていると、蔓に捕まったら穴に連れて行かれるのは一瞬だった。
こりゃだめだ。
それじゃ、どうやって捕まえようか。
そうか。
クールダウンしているアルガサケを捕まえればいいのでは……。
それが一番手っ取り早いし、効率的だ。
よし。
そうと決まれば観察しよう。
まずは一匹目。
こっちを向いたアルガサケ。
来る。
蔓がアルガサケを捕まえようとした瞬間、アルガサケは持ち前の肉体で脱出。
移動する水の動きを追う。
よし。
大体の距離は分かった。
待ち伏せをする。
すると、案の定アルガサケが来てクールダウンをする。
今!!
ゆっくり泳いでいるアルガサケを確保。
「うわっ」
表面がぬるぬるしているけれど、掴めないことは無い。
二匹目、三匹目も同じ要領でクリア!!!!
「ルミルちゃん!! 三匹捕まえたよ!!」
「ん。ご苦労だにゃ。それじゃ、最後の試練なのにゃ」
ルミルちゃんは三匹のアルガサケを籠に入れて背中に背負ったまま移動する。
「おいらに付いてくるのにゃ。敵強いから何を持って行っても良いニャンよ」
ルミルちゃんの部屋を見渡してみる。
槍、ボウガン、剣、ナイフ、銃等々あらゆる武器が置いてあった。
『何を持って行っても良い』ということだったので、何か持って行かないといけないなと焦る。
とりあえず、ナイフは持って行こう。
あと、拳銃と……。
こん棒……?
鉛色で如何にもな粒粒が付いており、自分の体の半分の長さはある。
重いんだろうな。これ。
試しに持ち上げてみると、雲を掴んだ感じで軽かった。
「え、軽っ」
「それ、軽いけど、ちゃんとしたメイスだから。安心してにゃ」
あ、これメイスって言うんだ。
知らなかった。
試しに数回振り回してみる。
思い描いた軌道を描く。
ナイフで硬度を試してみたけれど、ルミルちゃんの言う通り、かなり硬かった。
これならいけるかも。
「持って行く武器は決まったか?」
「うん」
「それじゃ、行くか」
言われたままルミルちゃんに付いていく。
森の奥へ、奥へと。
「ねぇどこまで行くの?」
「もうすぐだにゃ」
それ以外何も教えてくれない。
ひたすら無言で付いていく。
一つの洞窟に辿り着いた。
ルミルちゃんは私が捕まえたアルガサケの腹をナイフで切り裂いて洞窟の入り口の側に置く。
「それじゃ、最後の試練を説明するにゃ」
そう言って私の方を振り返る。
「これから戦って貰うのはこの森の主だにゃ。道具は何を使っても良いにゃ。制限時間は十分。それで、一撃でも主に傷をつけることが出来たら終了。死んだらそこで終わり。分かったにゃ」
「わ、分かった」
「それじゃ、おいらは側で見守っているからにゃ。精々がんばれにゃ」
「うん」
ルミルちゃんはどこかへ消えてしまった。
洞窟の奥から、獣の唸り声が聞こえてきた。
低く、如何にも獰猛な野獣の唸り声。
「え………?」
森の主の姿を見た瞬間絶句した。
体長は約三メートル。
二本足で立ち、前身は深い体毛に覆われていて、両手の爪は鎌のように鋭利だ。
見た目はそんなに危険なようには見えないけれど……。
――――瞬間。
鈍かった主の動きが一変した。
一瞬、足に力を入れると、飛んできたのだ。
15メートルほどあった距離が一気に縮んだ。
と、同時に主の体が変形した。
力を入れたという表現が正しいのだろうけれど、私から見ればそれは『変形する』という表現の方が合っていた。
腕は丸太のような巨大なハンマーになり私目掛けて振り下ろしてきた。
長い腕を振り下ろす。
遠心力がかかり、威力が増幅する。
「やばっ」
予備動作の段階で危機を察知した私の体は、反射的に横に飛んでいた。
直後、地面が砕ける音と、破片が顔を掠めた。
ちょっと、嘘でしょ……。
主の腕が振り下ろされた所だけ地面が抉れていた。
その威力たるや。
でも、動揺をしている場合じゃない。
この毛皮だもん。
拳銃で撃ち抜いてやる。
腰から銃を抜き、安全装置を外し、撃鉄を下して引き金を引く。
銃声が森中に鳴り響く。
やったか?
主の顔がこちらを向く。
だめだった~~~。
何で?
あの毛皮が衝撃を緩和しているの?
今は考えている場合じゃない。
とにかく逃げなきゃ。
銃で傷をつけられない奴をどうやって倒すのよぉ。
とりあえず、洞窟の入り口の方へ足を動かす。
「クォォォォォォォォォォォォ!!!!」
森の主の雄叫び。
空気が震える。
振動する。
来た!!
速っ!!!!
あっという間に追いつかれる。
「クォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」
腕を横に薙ぎ払う。
「うきゃ!!」
直撃した。
メキメキメキと骨が折れる音がした。
私の体は吹っ飛び、木の幹に叩きつけられ、手からメイスが離れてしまった。
「かはっ……」
全身に激痛が走る。
特に、背中と左腕だ。
先ほどの主の攻撃を諸に受けてしまった。
このままじゃいけない。
何か手は無いの?
何か……。
恐らく、毛が生えているところは無理。
となると、場所は一つだけ。
顔。
あそこを狙うしかない。
でも、顔を狙うということは、相手に突っ込んでいくということでもある。
あの速さと強烈な攻撃を躱しながらはかなりキツいものがある。
主は雄叫びを上げながら私に突っ込んできた。
チャンスは、奴の攻撃をする直前の予備動作の時だけだ。
あとは……。
主が目の前に来て丸太のような太い隆々とした筋肉に包まれた腕を振り下ろす。
今だ!!
ヘルメットのライトを照らす。
「グォォォォ!!」
主は攻撃を中断して千鳥足にった。
目を眩ました今こそ絶好のチャンス!!
ナイフを取り出して主の顔に切りつけた。
主の顔に一筋の赤い筋が出来、そこから血が流れだす。
「よし!! よくやった。走って戻って来い!!」
ルミルちゃんの声だ。
声の主の方へ一直線に走る。
前方にはルミルちゃんの背中があった。
「おいらの所まで一気に走るぞ。この森全体があいつの縄張りだ。森から出さえすればおいらたちの勝ちだ」
「わ、分かった」
「でも、油断すんなよ。あいつの嗅覚は半端ねぇ。森の中でなら、どこにいても見つけてきやがる。この森にいる限り、あいつは最強だ。無敵だ。まぁ、見つかってもおいらが何とかするにゃ。安心しにゃ」
ルミルの背中が逞しく見える。
「グォォォォ!!」
主の咆哮が後方から聞こえてきた。
「やっべ。直ぐに追いつかれるぞ。絶対に後ろを向くんじゃねぇぞにゃ」
「うん」
走る。
ひたすら走る。
主の地面を蹴る音がどんどん大きくなってくる。
緊迫感と心拍数が上がる。
「見えてきた。突っ込めええええええええええ!!!!」
頭からルミルちゃんの家に入る。
「入ったな」
「うん」
――――安堵感。
も束の間、足が物凄い怪力に引っ張られた。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「くそっ!!」
両足が引っ張られる。
激痛が足の筋肉を走る。
側に生えてあった木の幹を両手で掴む。
「絶対に離すんじゃねぇぞ。離したらあいつに殺されて終わりだ」
「うぅがァァァあ、ああああああ!!!!」
筋肉がプチプチと切れる音。
耐え難い激痛が太腿の付け根に集中する。
「念の為にボウガンを持って行っていて良かったぜ。まさかこんな展開になるなんて夢にも思わなかったけれどな。いっけぇぇぇぇ」
バビュッ、という矢が飛ぶ音がしたかと思うと、主の悲鳴が聞こえた。
主の力が一瞬弱まる。
「ようし。引っ張るニャンよ!!」
両腕をルミルに引っ張られた。
刹那、冷たい感覚が足を走った。
私はそのままルミルの住処まで引っ張られてベッドの上に寝かされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます