第4話 3つ目の価値 『植物脚』__1

 ————暗黒の世界。

 ヘルメットに装備してあるライトだけが頼りだ。


 しかし、正直どこが中心なのか分からない。

 よもや、どこが下なのかも分からなくなってきた。


 足が下なのかもしれないが、方向感覚が狂ってきている。

 ユグドラスの中心部は一体……。


 周りに基準となるものが一切無いからどうすることも出来ない。

 考えるのは後だ。

 取り敢えず、前進せねば。


 慎重に。

 そう、慎重に進んでいれば大丈夫なはず。


 歩いていくと、足元が緩くなってきた。

 沼のような粘着性のあり中々安定しない。

 下手したら足元を掬われて転んでしまう。


 大分、体も疲弊してきた。

 長時間重い荷物を背負っているので、肩が、腰が痛くなってくる。


 休みたい。

 でも、ここで休んだら終わりだ。

 この地面に呑まれてしまう。

 とにかく、この場から脱出せねば。


 前方もせいぜい見えて2メートル位しか見えない。

 まぁ、『超音波式赤外線センサー設置ゴーグル』のお陰でもう少し先までは見えているんだけれど。

 それでも、裸眼よりかはマシという程度だ。


 ネチャ、ネチャ、という自分が歩く音しか聞こえない。

 どうやら、ここはあまり生物が棲めるような場所では無いらしい。

 それなら、いっその事早く脱出しなければならない。


「ん?」

 一筋の光が前方に微かに見える。

 救われたような気分だ。

 心身共に安らぐ。


「よし」


 その光に向かって歩きだす。

 それに、豪大な滝の音も響いてくる。


 あと少し……。


 いつの間にか沼のような地面も無くなり、眩い光が地を照らし、地面を叩き付ける滝の音のみが聞こえてくる。


「ほわぁ……」


 目の前の光景にあっけを取られる。

 360度滝だ。


 どこまでも透き通った清水が滑らかなカーテンを作り上げている。

 そのカーテンを潜り抜ける。


 暗闇の中で滝の盛大な轟音が永遠と鳴り響く。

 澄んだ空気に一呼吸、ゆっくりと深呼吸をする。


「ふう。大丈夫。よし、行くか」

 気を引き締め、再び歩み始める。


 入ってきた所とま反対の方向に行く。

 清水カーテンを潜ると、足が滑り尻餅を付き、奈落の底へと滑り出した。


「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 豪速で下へ下へと加速しながら、重力に従って落下していく。


 ヤバい。

 止まらない。

 止まれ!

 止まれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!


 必死に心の中で唱える。

 復唱する。


「うきゃあ!!」


 ポーン、と口の中から吐き出すように放り出された。

 視界が一気に拓ける。


 と思うのも束の間。

 景色が流れる。


 このままじゃ、ヤバい。

 受身を取らなくちゃ。

 そう思う間も体は重力に従い、回転しながら落下している。


 もはや、私の力ではこれはどうすることも出来ない。


「ふぎゃ!!」


 思わず目を瞑る。

 お尻に柔らかいものが衝突し、俯せ《うつぶ》に倒れる。


「ん?」


 ふにふに。

 両手で目の前のものを掴む。


 柔らかい。

 そして、薄い。

 目を開けると、草むらの上に私は転がっていた。


「ふぅ」


 安堵の溜息を吐く。

 なんとか、一命は取りとめたようだ。


「さてと……」

 まずは、ここが何処なのか確認をしないと。


 立ち上がり、お尻や背中に付いている汚れを払ってから周囲を見渡す。


 拓けた場所だ。

 薄緑色の草や真紅の花が咲いている。

 その奥に洞窟を見つけた。


 行ってみる価値はありそう。

 でも、今までの経験からしてかなり慎重に行かないといけない。


 近くにある石を洞窟の中に投げる。

 石が転がる音がした後、洞窟は再び静寂に包まれる。


 生き物がいるような音はしなかったし、大丈夫かな。

 ゆっくり、ゆっくりと周囲を常に警戒し、五感を研ぎ澄ませる。


 一瞬の音も動きも見逃すな。

 手に汗を握り締める。

 いつ何があるか分からない。


 腰からナイフを取り出して身を構えながら前進する。

 空気は鍾乳洞の中にいる時のようにひんやりとしている。


 奥へ進んでいくと、何かカーテンのようなものが見えた。

 長い葉で、仕切っている。

 潜ると、沢山の置物があった。


「ん?」


 初めは何が置いてあるのか分からなかったけれど、見つめていると段々と頭が理解し始めた。


 非常識的過ぎて、脳が認識していなかったのだ。


「あ……し……?」


 そう。

 人の足だ。

 足の先から太腿まで切り取られて置かれている。

 恐る恐る近づいて見てみると、切断面には骨と筋肉がはっきりと見えた。


 しかし、なんだろう。

 違和感がある。


「光の反射の仕方が少し変というか……」

「おめえ、よく分かってるじゃにぇか」

「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 いきなり後ろから話しかけられるから何事かと思った。


「んにゃ。そんなに驚くほどのもんでもないだろ。この世界の奴らはクソイカレ野郎がほとんどなんだからにゃ」


 背中まで伸びた栗色の髪に、頭に生えている二本の獣耳。

 背丈は私と同じくらい。

 如何にもふわふわぷにぷにな体に手の肉球。

 クリクリとした愛らしい瞳。


 やばい。

 世界中の『萌え』を集結させたような人がいきなり出てきた!!


「あ、あなた誰!?」

「んあ。見た通り獣人だにゃ。地上じゃそんなに珍しかねぇだろにゃ」

「え……いや……」

「初めてなのかにゃ。珍しいにゃ。おい。ま、良いや。そんなことより、何で俺の部屋にお前がいるのにゃ」


 猫さんは仁王立ちで尋ねてきた。

「え、ええと。それは……。何か、進んでいたらいつの間にかここに来てちゃって」

「んにゃぁ? なんだそりゃ。まぁ、いっか。お前、ここに居座るのかにゃ。それともすぐ出るのかにゃ。どっちにゃ」

「疲れているので、出来たら泊まらせて頂きたいんですけれど……」

「そっか。そんじゃ、『代償』はおめえのその足だ。良いにゃ。一本で一日。だから、二日だにゃ」


「はい。分かりました。それじゃ、二日泊まらせて頂きます」

 そう言った瞬間、猫さんの動きが止まり、猫さんの口はポカーンと大きく開けていた。


「おめえ、それ本気で言ってんのか」

 声を震わせてる?

 さっきよりも強気な声量。


「はい。そうですけど……」

「バカかおめぇはぁぁ!! 簡単に自分の体を売るんじゃねぇのにゃ!! その目も、手もそうかにゃ!! 泊まらせてくれるからと自分の体を『代償』にして! その体は一つしかないのにゃんよ! この世の理だからと。相手が欲しいものをそう易々とあげるんじゃねえのにゃ! 自分の体なら尚更なのにゃ!」


「だ、だって……。他にあげる物無かったし、それに、早く『自分』を探したくて……」


「『自分』探しをしているなら、尚更にゃ! 自分の体を大切に出来ない奴が、自分の心を大切にできる訳がねぇだろうにゃ! 形のあるものを大切に出来ねえ奴は形の無いものも大切に出来ないのにゃんよ!! そういうことなら、尚更この先へは行かせられないのにゃ。足も要らないのにゃ。さっさとここから出ていくのにゃ」


「それは……。それは出来ません!」

 両膝を畳んで両手を地に付ける。

 ここで私の旅を無く訳にはいかない。

 ここで止めたら、両目と両足を無くした意味が無くなっちゃう。


「私はここで旅を終わらせるわけにはいかないんです。お願いです。泊まらせてください」

「この先は今までとは全然違うにゃんよ。別名、『神域』。おめえはもう、人ではなくなる。人間でいられなくなる。ここからおめえが立ち入る所はそういう所にゃの」


「それは覚悟の上です。それと、私にはちゃんとルシアっていう、両親から貰った大切な名前があります」


「んにゃ。分かった分かった。どうやら、ルシアンちゃんは可愛い顔して頑固なお嬢様だにゃ。それじゃ、今から試練を出すのにゃ」

「試練?」


「そう。試練だにゃ。3つの試練。これをクリアすることが出来なかったら問答無用でここから出ていって貰うのにゃ」

「クリア出来たら、ここに泊めて貰えるわけね」


 獣耳の人は頷いて、

「そうだにゃ。まぁ、今日はゆっくりと休むんだにゃ。明日は早くなるしにゃ」

「分かった」


 言われるがまま、ベッドで休むことにする。


 布団に入ると、疲れのせいなのか、布団に体が吸い寄せられて行くような感じがする。

 何となく、体が重りを受けている感じだ。


 寝る直前、彼は背中を向けたまま、

「おいらの名前はルミル。宜しくにゃ」

 と独り言なのか私に語り掛けたのかよく分からないまま部屋を出ていった。


 ルミル。

 女の子みたいな名前だなぁ、と重い瞼を閉じながら思った。


 そのまま深い深い眠りの中へ沈み込んで行った。



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