第3話 2つ目の価値 『黄金比の指先』__2
真っ暗な世界を歩んでいた。
果ての無い空間の合間を。
どこまでもどこまでもそれは続いていて。
常闇は無限に続いていた。
————————————
「ん……んんっ」
目が覚める。
最初感じたのは異様な腐乱臭と刺激臭だった。
「おっ、お嬢ちゃん起きたな。お嬢ちゃんの
「ここは……」
「ここは俺の家だ。お嬢ちゃん、森の中で倒れていたから助けたんだ。あの森、『名無し森』って言って、肉食性の植物が多くてね。植物の方から襲いかかってくるから毎年かなりの冒険者や探掘家、地元の住人が死ぬんだ。あんた、良かったな。俺が見つけていなかったらあそこで死んでたぞ」
「は、はぁ……」
かなり年配のお爺さんだった。
とろんとした細い瞳に、長いか顎髭を伸ばした肩幅の良い、隆々とした筋肉が彼の体を覆っている。
「お前さん、何故あんな危険な所にいた。そもそもあそこは人が寄れるような所じゃ無いし、寄る所じゃない。あ、そうか。ルミエッタの野郎だな。全く、アンタも悪い奴にあってしまったもんだなぁ」
お爺さんはニタニタと不気味な笑みを零しながら言った。
「お爺さん、ルミエッタさんを知っているんですか?」
「知ってるも何も、良くうちの村に来てるよ。アイツはこの村の常連だからなぁ。いつも良い目玉が無いか探しに来るんだ。まぁ、進む道はここしかないからな。あの森で死んだらそこまでのやつ。そういう事なんだろ。結局」
「そうなんですか」
「怖かったろ。あいつの部屋」
「え? あ、はい。少し……」
「少しか……」
お爺さんは苦笑いをして、
「お嬢ちゃんは思ったより肝が座ってるようだな。……あ、そうそう。ご飯を作らなくちゃな。持って来よう」
「ありがとうございます」
お爺さんは部屋から出て暫くすると、板を持って来た。
「ほれ。ナラメウシの太腿と、ホトケソウとヒトガタソウのスープだ。これを飲んで温まりな」
「ありがとうございます」
起き上がろうとすると、視界がぐらついた。倒れそうな所を、お爺さんが両肩を支えてベッドに戻してくれた。
「無理に起きようとなさんな。まだ、メドゥーサソウの麻酔が効いてる。暫く、ベッドで寝てな。半日もすりゃ、起き上がるようになるだろ」
「もう、何もかもありがとうございます」
「良いってことさ。丁度、話し相手が出来たって事さ。少し、老人の話し相手をしてくれないか」
「もちろんです」
「あんがとよ。お嬢ちゃん」
お爺さんは、ベッドの横に椅子を持ってきて座ると、ぽつりぽつりと話し始めた。
「お嬢ちゃん、俺達は『代償』を常に払わねばならん。お嬢ちゃん、知ってるかい。儂らが住んでいるユグドラスは、我々に生命を与える代わりに、我々はユグドラスに命を捧げる運命にあると……」
「はい。母から聞いたことがあります。それが私たちの最大の『代償』であると。最後の使命であると」
「ああ。そうだ。世界は循環しておる。何故だが、我々は体を求めやすい。ユグドラスは我々の欲望を引き出すのだ。ユグドラスの中心部に近くなればなるほど、我々の欲望は大きく、核心的なものとなる」
「どういう事ですか?」
「つまりだ。中心部になればなるほど、我々の欲望は増幅し、無意識の中に押し込めんでいたものを解放するのだ。故に、ユグドラスの奥地に行けば行くほど、我々は戻っては来られなくなる。お嬢ちゃん、今のままだともう故郷には戻っては来られないよ」
「良いんです。これは私が決めたことですから。私の人生は私が決めます」
「そうかい。覚悟は出来てるってことか。でも、その覚悟もどこまで続くかね。さて、そろそろ動けるんじゃないか。次の旅に行くんだろ」
「はい!」
お爺さんは私の旅の支度を手伝ってくれた。
居間へ移動する。
「あの、こんなにもして貰っているのに、『代償』は良いのでしょうか?」
このままではどうも申し訳がない。
それどころか、ユグドラスの『等価交換』という法則に反している。
「ん……。何を言っているんだ? お嬢ちゃんはもう十分儂に『代償』を払ってもらっとるよ」
「え…………?」
何もしていない……筈なのに。
お爺さんの顔は歪み、ひたひたひたと笑う。
「自分の手を見なさい。この部屋に飾られている美しい『華』達を見なさい」
『超音波式赤外線センサー設置ゴーグル』を通して自分の手見つめる。
何も変わった所は……。
首筋に触れる。
冷たい。
どこまでも冷たくて、どことなく硬い。
これは、義手?
よく出来てはいるけれど、これは私の手じゃない。
偽りの、偽物の手だ。
それじゃ、私の手は一体どこに……。
居間を見渡すと、花が飾られていた。
——生け花だ。
「綺麗な花ですね」
「そうだな。綺麗な華だ。儂の、儂だけの華だ」
お爺さんは花に近付くと、花瓶を愛でる。
違う。
よく見ると、花じゃない。
——指だ。
——手だ。
「それ、手を生かしているんですか?」
「ようやく気づいたかね。そうだ。手さ。儂はね、美少女の綺麗な指先が好きなのさ。細く、皺一つ無い美麗な指先。そんな彼女達の指も歳を取れば皺ができ、汚くなってしまう。そうなる前に、儂の手で美しさと幼さを永遠に閉じ込めたい。その可憐な指先をもっと美しく、儚く表現したい。そういう想いから、思いついたのさ。どうだ、良いもんだろう」
透明な小さな容器の中に、手、または指が妙な透明の液体と共に入れられ、同時に色鮮やかな花と共に生かされていた。
乳白色の指先。
永遠の幼さを取り残してしまった可愛い指先達。
「安心しな。儂は指のプロだ。その義手、今まで通り違和感なく動かせるはずだ」
確かに、そうだ。
今まで気づかなかったくらい違和感が無かった。
それなら、まぁ、いいか。
私は私の冒険を続けるまでだ。
特に言及することなく、私はお爺さんの家を出た。
私がするべきことはただ一つ。
『私』を探し事だけ。
本物の『私』を探すことだけなのだから。
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とにかく深く。
ユグドラスの最深部へ。
そこに私の求めている答えがあるはず。
背中まで伸びた黒髪を頭の後ろに括り、周囲に警戒しながら進む。
ここからは未知の世界。
お爺さんは町から出た事が無いらしいから。
心臓が興奮で脈動が速くなる。
心のどこかで楽しんでいる自分がいる。
未知と恐怖。
でも、この先に何があるのか私は知りたい。
光が私を待っている。
そんな気がする。
大丈夫。
手足は充分動く。
行ける。
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