第2話 2つ目の価値 『黄金比の指先』__1
『眼』を開けると、世界は暗黒に包まれていた。
「あ、そっか」
私は眼をくり抜かれたんだ。
「どうだい。暗闇の世界は。これはこれで粋なもんだろう。ささ、早く近くの川で体を洗って来な。臭くてしょうがないさね」
大きな手の感触。
「そういや、名前を言っていなかったね。あたしゃ、ルミエッタさ。宜しくね」
「あ、は、はい。宜しくお願いします。ルミエッタさん」
扉が開く音。
清涼感のある匂い。
感覚が極限まで研ぎ澄まされている感覚。
冷たい……水の感触……。
「ひゃっ!?」
「最初は慣れないかもね。だけど、そのうち慣れるさ。ほら、一緒に洗ってあげるからおいで」
ルミエッタさんと一緒に服を脱ぎ、体を洗い、清める。
「知ってるかい。この流れている水、ユグドラスの最深部から流れているそうだよ」
「最深部? でも、普通、水は上から下に流れるものじゃ……」
「そうさ。だから、不思議なのさ。ユグドラスは全生命の根源。全物質の最深部だからね。謎は多ければ多いほど魅力的で魅惑的で。だからこそ恐ろしいのさ。アンタもその魅力に惹かれた口なんだろ」
言われてみればそうだ。
『自分』探しは『自分』を求める為で、それはこのユグドラスの根源を探る旅でもある。
「はい。そうです。私は私を探す為に。この世界の根源を探す旅をしているんです。何故、自分は生まれてきたのか。この世界にいるのかを」
体を洗い終わり、家に戻る。
「ほらさ、 あんたの
「ありがとうございます」
「あと、『超音波式赤外線センサー設置ゴーグル』。これを忘れてはいけないよ」
ゴーグルの付け方を教えて貰い、次いでに次の村までの地図を教えて貰った。
「他に何か必要なものは無いかい」
「いえ、十分です。もう、貰えるものは貰えましたから」
「アンタ、謙虚だねぇ。まぁ、良いけどさ。……。そうだ! これをあげるよ」
そう言って、彼女が持ち出したのは一つの眼球だった。
エメラルドグリーンの色をした虹彩。
「綺麗……」
「そうかい。そいつは『願いを叶える』力を持つ魔眼さ。持っていきな」
「え!? でも、これはルミエッタさんの大切な物なんじゃ……」
「良いかい。私は綺麗な眼球が好きなわけさ。希少価値のある眼球も言いけれど、私は美しい瞳をした眼球が何よりも好きなのさ。分かるかい。その目は私にゃ汚い目さ。その緑色と言い、中心にあるドス赤い瞳といい。どんな幸せがやってくる眼球でも、そんなおぞましい色の眼球はいやさね。でも、滅多にお目にかかれない代物だからね。あんたのような綺麗なお嬢ちゃんのお守り代わりに持っていてくれたら良いのさ。私しゃ、お嬢ちゃんの眼の方が圧倒的に価値があると思うからね」
「そうですか。それじゃ、貰っておきます」
ケースに入った眼球を
「それでは、お世話になりました」
ぺこりとお辞儀をする。
「ああ。また、縁があれば会おうじゃないか」
「はい!」
私は一歩一歩、歩み続ける。
私の『視界』は、翡翠色の視界だ。
対象物がはっきり見える。
40kHzの音波が空間内に振動し、ルシアの視神経を経由して脳内に映像を映し出す。
『超音波式赤外線センサー設置ゴーグル』の機能はそれだけでは無い。
頭に巻いたベルトから発される音波は、聴覚神経も刺激し、僅かな空気の揺れを感知することが可能となっていた。
滝や水の揺れにも反応するから、最初はビクビクしていたけれど、慣れるとそう気にならない。
ルミエッタさんのくれた地図を辿りながら、なるべく安全な道を進んで行く。
いつの間にか光キノコは消え、世界は一変していた。
川は洞窟の中に消え、私は暗い森の中へ入った。
木々の葉が揺れ、小鳥の囀りが鈴の音のように森中に響き渡る。
この森を抜ければ、アル・カポスという町に着く。
ルミエッタさんの話によれば、芸術品や陶芸品を糧に経済を回している町らしい。
————名無き森。
それがこの森の名前らしい。
どんな風に鳴くのかルミエッタさんに教えて貰えなかったけれど。
そう言えば、ここの森は特殊な植物が生えているから気を付けろって言っていたっけ。
どんな植物が生えているんだろう。
ふと、何気無い。
そう。
何気無く見上げただけだった。
見上げたそこには、大きな口が——赤い口が閉ざされていた。
それは獲物を待つ食虫植物の如き巧みなハンターの姿だった。
背筋が凍り、感じる死の恐怖。
歩を止め、足元を、周囲を観察してみる。
すると、出てくる出てくる罠、罠、罠。
四本の伸縮性のある四本の
あと一歩踏み出していたら…………。
そう思うと、喉が乾き、冷や汗が出る。
どうやら、思ったより慎重にこの森は進んで行かないといけないようだ。
腰から黒英石のナイフを取り出し、四本のトラップを綺麗に切り裂いていく。
これでもう、このトラップは発動しないはずだ。
もしかしたら、この森は思った以上に危険なのかもしれない。
その後も慎重に進んで行った。
甘い香りがする植物や、芳香な香りを漂わせる植物。
葉に触れただけで襲い掛かる蔓などなど。
基本、動かないがそれぞれ危険な植物ばかりだ。
ここは要塞だ。
対生物専用の植物型要塞森林。
ここにいては危険すぎる。
早く抜けなくては。
「まだ着かないの?」
大分時間が経ったような気がする。
疲労が身体中に溜まる。
休みたい。
でも、休んだらそれこそ終わりだ。
前進しなければ。
プツリ、と束の間の痛み。
「え?」
足元を見ると、針のようなものが先端に付いた枝が
「う……そ……」
ドクドクドクと何かが流れ込んでくる。
ヤバい。
混乱している場合じゃない。
直ぐに対処しなければ……。
手で蔓を引っこ抜く。
突き刺すような痛みが傷口を貫く。
「くっ……」
視界が暗くなってきた。
あのコはイケナイ。
イケナイ。イケナイ。イケナイ。イケナイ。
突然、目の前にゾンビが現れて襲いかかってきた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ナイフを振り回すも敵に避けられ、腕に噛みつかれる。
「ぐわぁ!!」
ヤダ。
ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ。
私、まだ死にたくない。
死にたく……。
体を動かそうにも言うことを聞かず、視界が消え失せ、意識が
やだ。
死にたくない。
誰か……。
死…………。
死……死…………死………………死……………………死…………………………死………………………………死。
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