第8話 5つ目の価値『魂と心』

 もう、それくらい進んだのか分からない。

 腕に装着してある残量を確かめてみる。

 三本。

 あと、半分しかない。


 その間に何かの液体を探さないとヤバい。

 機能不能になってしまう。

 そうなってしまえば、意識があるだけの唯の屍だ。

 まともに動くことが出来ずに、ここにずっといることになる。


 ここで朽ち果てるくらいなら、化石と化すくらいなら、少しでも前身しなければ。


 カサカサカサ。


 蜘蛛だ。

 それも、全長2メートルはある巨大グモ。


 ヤバい。

 逃げなければ。


 しかし、こんな狭い所で逃げる場所なんて無い。

 もしかしたら、何とか逃げ切ることができるかもしれない。

 時速15kmは出せる。


 どうにかなるかもしれない。

 前進しながら壁に沿って垂直に走る。


 が、敵は素早く移動をして立ち塞がり、鋭利な前足で攻撃してきた。


 風を切り、先端が胴体に当たる。

「んぐっ」

 ――――強い衝撃。


 体が傾き、横転する。

 蜘蛛は更なる追撃をしようと身構えている。


 キャタピラを動かして態勢を整える。

 敵の振りかざした前足が光る。


 ヤバい。

 そう思いつつも体が動かない。


 と思ったその時、金属と金属がぶつかり合ったような硬質な衝撃音が空気を揺らした。

 気が付けば、二本の指の間から一本の針が飛び出していた。


 いや、違う。

 よくよく見ると針じゃない。

 刃だ。


 これなら、なんとかなるかもしれない。


 刃を蜘蛛の目に突き刺す。

 一回、二回、三回、四回、五回と連続で攻撃する。


 よし。

 これなら……。

 勝機を見出して自信が体の奥から溢れ出す。


 刃を振るい前足と胴体と頭の接続部分を切り落とす。


 頭を無くした巨大蜘蛛は地面から落ちた。


 ドクドクドクと血液が体内から溢れ出してくる。

 さて、これを早急に採らなければいけないのだが……。


 どうすればいいのだろうか。

 試しに出たままの刃を突き刺す。


「やっぱり、何にもな……ん?」


 刃に血が流れてくる感覚。

 生暖かい液体が流れてくる感触。


 腕にしてあるゲージを見ると、着々と溜まっているではないか。

「ああ……」


 安堵の溜息を吐く。

 これでやっと私は生き延びられる。


 体中が液体が流れていく。

 味も何もしない。

 今更、そんなものに執着なんかしたりしない。


 ゲージが満タンになり再び出発する。


 もう、自分の『欲望』にすがるしかないのだ。

 私は。

 死も生も結局はこの体に縛られているが故の概念だ。


 限りある人生だからこそ何かしようと焦る。

 でも、もうそんなことをする必要なんてない。

 私の人生が完結する日は近い。


 進むにつれて、生き物が増えてきた。

 透明な生き物だ。

 人型の羽の生えた者。


 妖精や聖獣、精霊が住み着く世界。

 それが最下層だ。


 どこにも光なんてないのに、明るい空間の中心に巨木がそびえている。

 幻想的で幻惑な世界に体が浮遊しているかのような気持ちになる。


 本当にここが最深部なのか……。


 まるで、桃源郷のようではないか。

 空間内に踏み入れると、澄んだ空気が体内を巡る。


 ここで死ぬのなら申し分ない。


 草生の地面には所々盛り上がっている場所が見受けられた。


「よくここまで御出でになりました」

 どこからか声が聞こえてきた。

「ここですよ。ロボットさん」

 声をする方を見ると、巨木だった。

「まさか、木が喋っているの?」

「正しくは違います。私はこの木に宿っている精です」

「精……」

「ここまでよく訪れてくれました。ここまで来るまで数々の困難が遭ったことでしょう。でも、もう安心してください。貴方の苦悩はここで解放されます」

「と、いいますと?」

「ここまで来られるのは強固で強靭な精神の持ち主のみ。貴方の魂は健全だということが証明されました。貴方の願いを叶えましょう」


「ありがとうございます」

「それでは、私に近づいて跪いてください。儀式の準備をします。『解放』の準備を」


 私は言われたとおりに巨木の前で跪いて幹に頭を付ける。


 完全なる肉体の解放。

 完全なる肉体と言う牢獄から、檻からの解放。


 私の霊魂は肉体から離れ、完全なる精神体へと移行する。

 私の肉体はいずれかはこのユグドラスの肉体へと成り代わっていく。


 私の肉体をユグドラスに捧げる代わりに、私は私自身の『願望』を叶えるのだ。


 完全なる自分の姿へ。

 自己への探求をする為に。

 世界と自己との繋がりを究明する為に。


 世界は私とともにある。
















































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私が私でいるために必要な5つの価値のある旅 阿賀沢 隼尾 @okhamu

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