勘違い、そして進む

「さようなら」

日直の声に合わせて、それぞれが"さようなら"と声をだす。


(昔から帰る時にはさようならって言って終わるのはなんでなんだろう?)


そんなくだらない事を考えていると、他の生徒は部活で今日は何をするか、帰ってからは何をするのか、楽しそうな話しかしない。


過去を振り返るのは楽しい記憶だけ。俺もそうやって気楽に生きれたらどれだけ楽だろうか


すると珍しく俺に話しかけにきたやつが1人いるみたいだ。


白石青。こいつは違った。辛い過去も自分の中できちんと飲みこみ、先に進んでいる。


羨ましい限りだ


「天道翔、今日は暇か?」

「白石...悪いな、今日はこれから用事があるんだ」


俺はこいつが苦手だ。見ていると自分が惨めになってくる。


「逃げるのか?」

「....うるせぇ。俺に一度も勝った事ない奴から逃げる訳ないだろ」


すると白石は大きなため息をつく。


「全く...弄れた兄弟子だ。いいから来い、今日は剣道の誘いじゃない」

「...だとしたらなんだよ、お前が剣道以外で俺に関わるとは思えないが?」





「師範が倒れた」

「....は?」


師範っていうのは...あのジジィの事言ってるのか?


「今は病院にいる、長くは持たないそうだ..」


あのジジィが?そんな....嘘だろ?

「お前...冗談はいい加減にしとけよ...?」


「...一度会ってくれ。頼む」


白石が下げようとした頭を慌てて阻止する。


「分かった、行く...だから頭なんて下げんなよ。周りに見られたら厄介だろ」



すると白石は表情1つ変えずに振り返った。

「じゃあ行こう、時は一刻を争う」


こうして俺達は師範の元までバスで移動するつもりだったのだが...


「バスは使わない」

「は?」

「バスを使えば10分で移動できるが...裏道を通れば9分だ」

「で?」

「着いてこい」


こちらを見ずに歩き始めた。


「そういうところ本当にお前の姉に似てるよなぁ....!」


歩いてる間はお互いに話しかけない。話しても気まずくなるだけだと分かっているからだ。


「この病院だ、迷子になるなよ」

「はぁ...分かりましたよ」


中に入り許可証を貰い、白石の後ろを着いて歩く。


白石昇様


(本当に師範は入院してるのか...)


あまり信じていなかったが、師範は本当に入院しているようだ....



「....!すまない、電話がかかってきた。先に入っていてくれ」


そう言って白石はどこかへ行ってしまった。

「ったく...そそっかしい所も姉妹揃ってだよなぁ...」


扉を開けようとすると...人の気配がする。


「失礼しま....」

「ふっ...!ふっ....!」


ダンベルをで筋トレしてる男が部屋の中に一人いる。よく見た顔だ。


「した〜」


あれ?目を覚まさないんじゃなかったのか?


「?何をしているんだ、早く入らないか」


電話を済ました、白石が首を傾げてこちらを睨む。

「おい、お前の親父ピンピンしてるんだけど?」


「車に轢かれたくらいであの人が寝込むと思うか?」


時間がないってのは退院までの時間がないってことかよ...

「....お前は言葉が足りないんだよ!あ〜ったく、なら俺は帰るわ、じゃあな」


「いやいや、待て待て。お茶くらい飲んでいけ、翔」


扉から鍛えられた腕がでて俺の腕を掴む。筋トレをしていた師範だ。


「うげぇ...」

「お父さん、頼まれていた本持ってきたよ」

「おぉ!ありがとう、蒼」


(こいつ...家族にだけは柔らかい口調で話せるのはなんでなんだよ...?!)


師範と言うのは白石昇しらいしのぼる、白石の実の父であり、俺に剣道を教えてた人物である。


「蒼、少しだけ翔と二人で話したいんだ。病室で待っててくれないか?」


「あ、うん。じゃあ待ってるよ?」

「悪いな...翔、久しぶりに歩こうか」

「.....はい」


2人で病院内を歩いた。ちなみに師範は点滴すらしていない、本当に退院秒読みじゃねぇか..


「お前...まだ竹刀は握れないのか?」


師範が自販機で買った缶コーヒーを俺に投げてくる。

「まぁ、そうですね」


それをキャッチしたが、開けはしない。

「...好きな女を守れた。それだけでいいじゃねぇか」


......................................。


「だからあいつの事は好きじゃないって言ってるでしょうが...」


.....................変な汗が出てきた。それは俺があいつが好きだからか?それとも、もう一度拒まれるのが怖いからか?




「分かった分かった...でもたまに道場に顔をだせ、お前の事を待ってる奴がいるからな」


病室で待ってるように言われた白石が俺たちを迎えに来た。


「...あ、お父さん!遅いよ...心配で見に来ちゃったよ」

「....努力しますよ。じゃ、師範にもお迎えが来たみたいなので俺はこの辺で」

「おう」

「天道、明日もきちんと学校に来るんだぞ」


「あぁ」


(....)


「なぁ、蒼」

「へ?!急に下の名前なんて...どうしたんだ?小学生の時以来だな...」


「今度の土曜日道場にいてくれ。久しぶりに相手になってくれよ」

「....え。本当に僕でいいのか?お姉ちゃんじゃなくて?本当に僕か?」


「お前にお願いしたいんだよ。頼む」

「あ、あぁ!分かった、相手になろうじゃないか、天道!」


「お手柔らかに頼む...」


そのまま俺は病院を出た。


(久しぶりに...頑張ってみるか。)



先程もらった師範にもらった缶コーヒーを開けて、口に含む。



「苦ぇなぁ...」

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