3 seconds
寒、笑、時間
彼と彼女の3秒間のはなし
週末から来るという寒波の前兆がすでに届き始めていた。まだ夕方だというのに辺りは薄暗い。駅のベンチに座って、今にも雪が降ってきそうな灰色の空を睨む。
「時間を止められるんだ」
コートの襟を立てて寒さをしのぎながら、白い息とともに呟いた。
二つ隣の席に座って単語帳を捲っていた彼女は、英単語から目を離さないまま薄く微笑む。
「どのくらい止めていられるの」
「三秒だけ」
「三秒なら何にもできないわね」
「そんなことない。三秒あれば女の子のスカートの中を覗ける」
「最低ね。他にはないの」
「女の子に触……何でもない」
最低なのしか思いつかない。俺は最低な人間のようだ。
隣でぱたりと音がした。視線をやると、単語帳を閉じた彼女がこちらを見ている。
「私もひとつ思いついた」
いたずらを思いついた子どもみたいに笑う彼女に、ほんの一瞬だけ呆気に取られた。いつもは口の端を軽く持ち上げるほどの薄い笑みしかみせないのに、彼女は時折こういう笑い方をする。
「三秒あれば好きな人にキスができるわね」
「……三秒じゃ無理だろ」
返答がわずかに遅れる。俺が見せた隙を彼女は見逃さない。
「頬に軽くするの。一瞬よ」
「ああ、頬ね」
「唇がよかった?」
「…………その質問はおかしくないか」
誘導尋問だ。けしからん。まるで俺がキスしたがっているような言い草だ。
「おかしいのはどっちかしらね」
彼女が含み笑いでそう言ったちょうどその時、駅のホームに列車が滑りこんできた。彼女の乗る列車だ。
またひとつ思いついた。
時間を止めたら、彼女との別れを三秒だけ先延ばしにすることができる。
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