かぼちゃ頭の執事とお嬢様の、終わりのはなし
執事、瓜、宝石
東向きの窓から陽の光が差し込む。だけどそれは広い部屋を隅々まで照らすには足りず、昼間だというのに食堂はうす暗かった。
長テーブルの上座に座した少女は、右手にナイフ、左手にフォークを持ち、目の前に並べられた皿をじっと睥睨していた。まるでそれらが、親の仇か何かであるように。
繊細な絵付けが成された磁器の皿には、それぞれ料理が盛られている。
冬瓜のスープ、きゅうりとヘチマのサラダ、きゅうりの酢漬け、デザートには瑞々しいメロン。
それらを前にして、少女はやはりじっとしていた。
「どうしました。今日のメニューはお気に召しませんでしたか?」
少女のすぐ後ろに控えていた執事の青年が、静かな声で問う。少女はちらりとそちらを見やると、また皿に視線を戻した。
「ズッキーニならすぐにお出しできますよ。確かこの辺に……」
「いらないわ」
シャツの下を探り出した青年を、少女ははっきりと響く声で制した。青年は空気に溶け込みそうな穏やかな声で、かしこまりましたと返事をする。
少女はやっと手を動かし、目の前に並べられた料理を食べ始めた。しばらく、食器同士が触れ合うかすかな音だけが聞こえていた。
ごとり。
野暮ったい音が、静謐な空気を壊した。
大きなカボチャが少女の足元に転がる。
「やや、これは失敬」
執事の青年が、慌てた様子でカボチャを拾い上げた。彼は拾ったカボチャを持ち上げて、自分の首の上に据える。彼はしばらく頭をくっ付けようと躍起になっていたが、ようやく収まりどころを見つけたらしい。安堵したようなため息をつくと、カボチャの頭から手を離した。
「もうそろそろ収穫どきですね。最近よく頭が落ちます。あと重いです」
少女は青年の方を一瞥したが、やはり何も言わずに食事を再開する。少女が食事をする静かな音が、再びその場を支配した。
執事の青年は、不治の病にかかっていた。全身の骨と肉がウリ科の植物に変わっていく奇病だ。腕が、足が、頭が——そして最後には、心臓が。治療法は実質ない。
ほとんど全身の肉と骨が植物に変わり、そして頭までもカボチャに変わってしまった彼は、それでもいつもの陽気さを失わない。彼は変わらず少女のために掃除をし、洗濯をし、料理を作って暮らしている。
「お嬢様。何度も言うようですが、ウリ科の野菜ばかり食べていては栄養バランスが偏りますよ」
「しょうがないでしょ、お前が瓜しかつけないんだから」
「そういう病ですから」
「私のためを思うならウリ科以外の実もつけなさいよ。トマトとかジャガイモとか」
「確かホーキンズさんのお宅がナス科の野菜を成らしていますよ。この後行ってお裾分けして頂きましょう」
少女は青年に返事をすることはなく、また無言で食事を食べ始めた。
窓の外の空は青い。いくつも並んだ大きな窓に、まるで切り取られた絵のように青い空が並んでいる。その眩い青さは、室内のうす暗さをより際立たせた。
「ねえ、私が瓜になったら誰が食べてくれるかしら」
静寂の泉の中に、少女は気まぐれに石を投じる。
「この屋敷にはもう、あなたと私以外に人はいないのに」
少女の父も母も、青年以外の使用人たちも。皆、植物になって死んでいった。だからこの屋敷にはウリ科の野菜が溢れている。
「父の心臓も母の心臓も、私が食べた」
少女とて、それらを食すことに抵抗がなかったわけではない。吐いて戻してしまうこともあった。だけど、食べるものがそれしかないのだ。放牧していた牛や羊も残らず植物になった。この街にもう肉はない。
「私のことは……誰が弔ってくれるの」
少女は悲しげに俯く。
「きっと私が一番最後よ。私が死ぬときは、この街から人がいなくなるとき」
街の人の大部分が植物になった今、彼女だけは完全に人の姿を保っていた。指の一本、爪のひとかけらすら、未だに植物の侵食を受けていない。
執事の青年は、黙ったまま少女の後ろに控えていた。だが暫くすると、静かに少女の横へ進み出て、その側に跪く。
「では、もしもお嬢様の仰る通りになったそのときは」
執事の青年は顔を上げて、自身が仕える少女を見上げた。
「そのときは、一緒に腐りましょう」
少女はぽかんと口を開ける。それから何か言いたげに口を開き、結局何も言わず、仕方なさそうに笑った。少女は、空になった皿の上にフォークとナイフをそっと置く。
「笑えない冗談ね」
窓の外の空が青い。真っ青な空の下には、緑に覆われた大地がある。針の動かない時計塔も、赤い瓦屋根の住宅も、教会も図書館も、何もかもが植物に覆われている。人々の亡骸から伸びた蔓の先には、赤や黄色、緑や紫など、色とりどりの野菜が、宝石のように輝いていた。
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