居酒屋でバレンタインをするはなし

居酒屋、背伸び、チョコレート







「こないだバレンタインだったじゃないですか」


 僕の隣の席に座った斑目さんは、「うん、そうだな」と鷹揚に頷きながらグラスを煽った。興味がなさそうだ。それでも僕は話を続けた。


「同じ部署の人でね……すごく美人な人がいるんです」

「オフィスの花というやつだね」

「まさにそれです。その人からバレンタインにチョコを貰ったわけですよ」

「お、やるな。本命か」


 ここで、斑目さんがすこうしこちらに意識を向けてくれた。


「まあ、営業部全員に配る用の義理チョコだったんですけどね……」


 ところが僕がそう言った途端、彼女は「何だ義理かよ」と目だけで言って、また注意を逸らしてしまった。


「話はまだ終わってませんよ」


 僕が引き止めると、彼女は億劫そうにこちらを見やる。僕は勢いこんで話をつづけた。


「僕のだけちょこっとラッピングに気合いが入っていたような……いなかったような……気がしたんですよ」


 だが、すぐに言葉が尻すぼみになる。斑目さんは半笑いで僕を見た。


「あぁーいるいる、そういう勘違いする男。それはっきり言ってだいぶキモいからやめたほうがいいぞ」

「斑目さん、とりあえず僕に発言権譲ってください」


 斑目さんは、どうぞ、と言わんばかりの小憎たらしい仕草で手をひらりと振った。僕は憮然として話を続ける。


「今日ホワイトデーだったんですよ」

「ああ、そういえば」

「お返しを渡しがてらアプローチしてみたんです。そしたら」


 からん、とグラスに入った氷が音を立てた。


「断られたんですよ」

「なるほど予想通りだ」

「この近くの……バーの店長さんと、お付き合いしてるからって……」


 梅酒の入ったグラスを傾けつつ、斑目さんは僕の方をちらりと見る。それからことんとグラスを置いて、口を開いた。


「それは予想外だ」


 彼女は少し考えてから、もう一度僕の方を見る。今度は視線だけでなく、顔ごと。


「……この近くって、四丁目の、だよな?」

「はい……」


 力なく頷いた僕に、彼女は容赦なくトドメを刺した。


「あそこってゲイバー……」

「ゲイなんだかバイなんだかノーマルなんだかはっきりしろって話ですよね!?」

「いや、彼女が実は男だったという可能性も」

「やめてください、そんな恐ろしいこと言うの!」


 僕の痛切な悲鳴を最後に、店内に気詰まりな沈黙が訪れた。別に僕と斑目さんと店長の三人しかいないのだからいいのだけど、それでも気詰まりは気詰まりだ。


「……まあ、なんだ。飲めよ」

「ありがとうございます……」


 あからさまに気を遣われると、更に悲しみが倍増する。だがそんなやり場のない悲しみをクシャクシャにしてゴミ箱に捨てるのに、酒に酔うことはとても効果的だった。


「……あ、そうだ。お返しのクッキー、渡し損ねたんで斑目さんにあげます。背伸びしてすごく高いの買っちゃったんで、捨てるのももったいないし……それに」


 相変わらず無表情な斑目さんに向かって、へにゃりと笑う。この時点でだいぶ酔いが回っていた。


「斑目さんにはいつも俺の愚痴聞いて貰ってますからね。ありがとうございます、ということで」


 彼女は綺麗にラッピングされたクッキーの包みを受け取って、面食らったような顔で「……どうも」と短くお礼を言った。

 それから何を思ったのか、組んだ手の上に顔を伏せて、深く重たいため息をつく。


「これだからお前は童貞なんだよ……」

「え、何ですか。何でいきなり傷を抉るんですか……って斑目さん、顔赤いですよ。飲みすぎじゃ」

「店長、生2つ!」

「はいヨォ!」

「シメにうどんも!」

「はいヨォ!」

「えっ、今から!? 斑目さんよく入りますね……」

「何言ってんだ。お前が食べるんだよ」

「ええええ!?」


 もう無理ですよぉ、と弱音を吐いて机に突っ伏す僕の横で、彼女はふんと鼻を鳴らした。

 斑目さんは、やはりよくわからない人だ。

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