第499話 グリフォン、トレーニング2


 屋敷の敷地に降下中の『スカイ・レイ』をブラッキーとホワイティーがキャノピー越しに相互にのぞき込んでくる。航空機でも垂直離着陸機なら可能なのかもしれないが、あんまり見かけない光景だ。降下中なので噴気そのものは真下に向かっているから、そんなに危なくはないのだろうが、やはり気になり始めた。


『ブラッキーとホワイティ、あんまり近づくと危ないから少し離れてくれるか?』


『はーい』『はーい』


 素直に二羽は『スカイ・レイ』から離れていった。それでも同じ速度で降下している。二羽とも結構器用だ。


 よく考えたら、べつに着陸する必要はなく、このまま南の山並みまで飛んでいっても良かったが、そのまま着陸した。


 普段シルバーとウーマが南の草原くさはらにいるので、二羽はこちらにはめったに来ないのだが、今日は『スカイ・レイ』と一緒に南の草原に降り立った。


 シルバーとウーマはシャーリーたちの送り迎えから帰って来ていたようで、いまは日向ぼっこ中だったが、二羽がまだ小さい時から知っているので怖がることはない。



 俺はアスカを操縦席に残し、いったん『スカイ・レイ』から降りて二羽に向かい、


「それじゃあ、これからあっちに見える山並みの方に飛んでいこう。『スカイ・レイ』に近づきすぎないようについて来るんだぞ」


『はーい』『はーい』


「それと疲れてしまって飛べなくなる前に、疲れたって教えるんだぞ」


『わかったー』『わかったー』


「それから、喉が渇いたらちゃんと教えろよ。水分を取らずに運動していると具合が悪くなるんだからな」


『はーい』『はーい』


「それから、……」


 俺が何か言おうとしたら、『スカイ・レイ』の中から、


「マスター、注意はそれくらいで、そろそろ出発しましょう」と言われてしまった。


 我ながら心配性だとは思うが保護者としては気になるんだから仕方ないだろ。



 副操縦士席に座って、


「『スカイ・レイ』発進!」


「『スカイ・レイ』発進します」



 心持ちいつもよりゆっくりと上昇した『スカイ・レイ』は南の山並みに向けて飛行を開始した。


 ついてこいと言ったはずだが、二羽とも余裕で前方を飛んでいる。


「アスカ、今の高度と速度は?」


「現在の高度は五百メートル、速度は時速二百キロです」


「二羽とも余裕そうに見えるけれど、大丈夫かな?」


「マスター、心配性ですね。ここから見る限り、かなり余裕があるように見えますからそのうち飛びながら二羽でじゃれ合い始めると思います」



 前方を飛ぶ二羽が急に上昇したと思ったら、じゃれ合うように錐もみしながら降下してその勢いのまま、一気に上昇していった。


「高度二千メートルまで上昇したようです」


「あの二羽の最高速度はどの程度なんだろ?」


「さきほどの降下時で時速五百キロを超えていましたから、本気になれば、六百はいきそうですね」


「そんなにか?」


「二羽はまだ成長期ですから、これからもっと能力は上がっていくと思います」


「頼もしいけど、ちょっと怖いな」


「私たちになついていますし、高い知能をもっていますから間違いを起こすようなことはないでしょう」


「そうだよな」


「それでは『スカイ・レイ』も巡行高度、速度に移行します」


 改修後の『スカイ・レイ』の巡行時の高度は千五百メートル、速度は三百五十キロだ。それでも二羽は余裕で『スカイ・レイ』の前方を飛んでいる。



「疲れないのかな?」


「屋敷で遊んでいるときも二時間や三時間は飛んでいますから、千キロ程度は余裕で飛行するのではないでしょうか?」


「すごいな。そういえば、『魔界ゲート』から出てくる魔族だけれど、飛行型の魔族っていないのかな?」


「分かりませんが、分からないときは飛行型の魔族はいると考えておいた方が無難でしょう」


「その通りだな。魔族に魔石があれば飛んでいようと何とでもなるけど、そういったモンスターじゃない可能性もあるものな」


「可能性という意味では、魔石が無い方が高いかもしれません」


「そうなると、飛行型の魔族は面倒だな」


「ゲートを通って魔族は出現するわけですから、魔族の主体はあくまで非飛行型ではないでしょうか」


「それもそうか。でも、飛行型の魔族に対してなにがしかの対応を考えてないとマズいよな」


「いろいろ想定しておくのは大切ですが、どういった攻撃が有効なのか今のところ不明ですので、想定も困難だと思います」


「今から準備できないわけだな」


「ただ、勇者以外の戦力も過去の戦いでは魔族の撃退に貢献しているのでしょうから、通常攻撃も有効かと思います。先ほどの飛行型魔族の話に戻りますが、比較的少数なら、ブラッキーとホワイティーに対応させますか? 二羽ならそれなりの空中戦力になり得ると思います」


「それはやめないか。一歳にしかならないような二羽を戦場には駆り出せないぞ」


「やはりそうですね。それでは鋼球をそれなりの数用意しておいて、私が投擲して撃ち落としましょうか?」


「アスカはそれだな。俺の方は、魔石奪取ができないなら敵の内部に高速弾をねじ込む内部破壊攻撃だな。エグ過ぎて実戦では使ったことがないから、いまでも相当数高速弾のストックはあるぞ。瞬発弾もまだまだ残っているしな」


「ですので、戦闘について心配はないでしょう」


「そうだな」



 そういった話をしていたら、『スカイ・レイ』は山並みの中をだいぶ進んでいた。


「ここらで、いったん着陸して、様子を見ようか?」


「はい。着陸できそうな空き地を見つけて着陸します」


『スカイ・レイ』の減速と降下に二羽もゆっくり合わせてくれた。



 俺たちが着陸した場所は、山間やまあいの盆地のような場所で、背丈ほどの低木が生えていた。『スカイ・レイ』はバリバリと音を立てて低木を押しつぶしながら着陸したが、特に支障はなかったようだ。


『スカイ・レイ』から外に出て、収納庫に用意しておいた水桶を二つとり出して、すぐそばに降り立ったブラッキーとホワイティーの前においてやった。


 二羽とも喉は乾いていたようで、すぐに水桶が空になり、もう一度収納庫の中で水を注いで出してやった。


「ブラッキーもホワイティーもなかなかやるじゃないか」


『エヘヘヘ、頑張っちゃった』『エヘヘヘ、お父さんと、お母さんと一緒に飛んでいると思うと嬉しかった』


 初めての遠出だったけれど、二羽連れてきてやってよかった。


「さて、アスカ。一休みしたら、ブラッキーとホワイティーにどういった訓練をする?」


「そろそろ、この二羽にも、狩を教えた方がいいと思います。この辺りなら、熊やイノシシと言った非モンスター系の猛獣がいるでしょうから、それを狩らせましょう」


「いきなりで大丈夫かな?」


「最初は、マスターのミニマップで見つかった猛獣を相手に狩らせましょう。それだったら私たちも近くで備えることができます」


「それなら安心だな。……、

 ちょうど、近くに一つ反応がある。何がいるのかは分からないが、確認して、猛獣のようならブラッキーとホワイティーを戦わせてやろう。

 ブラッキーとホワイティー、今日はお前たちに狩をさせようと思っている」


『かり?』『かり?』


「そう、狩だ。敵を斃して、かてとする。自分で生きていくためには狩ができなければいけないし、自分の身を守る力も必要だ。もちろんお前たちの面倒は一生見てやるつもりだが、将来何があるかわからない。だから狩を通じて自力で生きていく力を身につけるんだ」


『わかった』『がんばるー』


「まだ相手が敵だとは分からないから俺がいいというまで、攻撃しちゃダメだからな」


『はーい』『お父さんにいいといわれるまでまってる』


「そうだ。それじゃあ、俺とアスカのあとについて来てくれ」


『はーい』『はーい』




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