第491話 そして年越し2


 年越しビンゴ大会の準備も終わり、冒険者学校の生徒達もペラと助手の四人に引率されてヤシマダンジョンに卒業実習旅行に出発した。


 年末とは関係ないが、アスカと久しぶりに数日かけて『エリクシール』何本か作っておいた。時間があれば作っておこうと思っていて延び延びになっていたものだ。この薬の出番がないことが一番だが、作っておけばいざという時安心だ。




「今年は、あっという間の一年だったな」


「そうですね。今年はマスターが暇だ暇だということがほとんどありませんでした」


「忙しかったかというと、そうでもなかったが、ちょうどいいくらいの忙しさだったんだろうな」


「この世界での生活、王都での生活に慣れたことで、マスターに余裕が生まれたのでしょう」


「余裕か。確かに心配事なんて今の俺には何もないからな。強いて言えば半年後に開くという『魔界ゲート』くらいだが、当事者じゃないものな」


あの・・勇者も最近はそれなりに成長してきたようですから、彼らに任せておけばいいのではないでしょうか?」


「勇者たちがどうなろうと俺には関係ないが、あの北の砦で魔族を押しとどめることができなかったら、あそこで勇者たちと一緒に戦うこの国の騎士団の人たちに大きな被害が出るし、魔族がこの世界に大量に流れ込んでくるだろ? だから様子ようすだけは見ようと思ってるんだ」


「ということは、マスターは勇者たちの『魔界ゲート』封鎖戦に介入するということですか?」


「状況にもよるがな。状況だけは遠くからでも見ておいた方がいいと思っている」


「分かりました」



 このところ『魔界ゲート』について考えることが多くなった。『魔界ゲート』が勇者の手で閉じられれば、勇者たちは元の世界に戻れるのではないか、と最初に聞いている。そのとき、俺も一緒に元の世界に戻ってしまう可能性がある。


 俺自身、既にこの世界に残ると決めているので、両親には悪いが、間違っても元の世界に戻りたくはない。


 『魔界ゲート』封鎖戦で勇者たちの近くにいると巻き込まれて送還される可能性が高まるかもしれない。それでも、そうなったら周りの状況から予兆のようなものを感じることができるだろう。いきなりでさえなければ、なにがしかの対応ができるかも知れない。


 それが遠く離れて、何も知らないうちに、いきなり送還された場合、予兆に気づくことも無いだろうから、何もできず気付けば元の世界に戻っている可能性もある。


 とかなんとか、理屈を並べてみたが、勇者たちの『魔界ゲート』の戦いを近くで見ていたいというのが俺の本音なのだと思う。



 それと、アスカが近くにいてくれれば、どんな状況が起こっても何とかなるだろうと楽観視しているのは確かだ。


「まっ、アスカがいれば、何とかなるだろ」


 これだ。




 それから数日が過ぎ今日は大みそか。昨日、冒険者学校の三期生の卒業式と卒業パーティーが行われた。俺とアスカも卒業式とパーティーには顔を出している。


 今日のパーティーは午後四時に開く予定だ。リリアナ殿下は、四時にいらっしゃり、だいたい八時ごろ王宮から迎えの馬車が来るまでパーティーに参加することになっている。


 他の来客はうちに泊まってもらうことにしているので、着替えなど持参するよう伝えている。屋敷に到着したら、コートや荷物を預かり、二階の客室にうちの者が運ぶ予定だ。



 今日の昼食は早めに済ませており、みんなはパーティー会場である食堂の片付けをして、テーブルなどを移動して準備を初めている。


 俺はというと、準備中の食堂にいられると準備がはかどらないじゃまだそうで、一人で居間でじっとしている。


 何もすることも無いので、いつものごとくぼーとしていたら、早々はやばやと、フレデリカ姉さんと師匠のアルマさんが居間に入ってきた。まだ、パーティーの始まる四時には二時間くらいある。


「ショウタ、お招きに預かりこうしてやってきたけど、ちょっと早かったみたいね」


「ショウタ、久しぶりじゃな」


「お二人ともようこそ。パーティーが始まるまでもう少し時間があるので、ここで寛いでいてください」


 そう言って二人を座らせたところで、ソフィアがすぐにお茶を持って来てくれた。


「ありがとう」


 お茶を受け取り、三人で駄弁だべり始めた。


「ショウタ、玄関の中に入って驚いたけれど、屋敷の中がすごく暖かいじゃない。どこにも暖炉なんか見えないけれど。あっ、あそこの金物で作った板を重ねたのが怪しい。パイプにつながっているしあれは何なの?」


「あそこの中に、別に沸かしたお湯を流してるんですよ」


「そんなことしてたんだ。ショウタの無駄に多い魔力でお湯を沸かしてるの?」


「これ、フレデリカ、無駄とは失礼じゃろ」


「ただの言葉のアヤよ。アヤ」


「魔力じゃなくて、石油という地下からくみ上げた油を燃やして湯を沸かしているんです」


「あら。地面の下に油なんてあるの?」


「どこでもあるってわけじゃないんですが、以前たまたま見つけたんで、ちょっと多めに採ってきているんです」


「ふーん。あんたって、たまたまが多いわよね」


「あはは。まあ、そうみたいですね」


「そういえば、今日はリリアナ殿下もいらっしゃるってショウタが言ってたからこんなに早くお邪魔したのだけれど、ほんとなの? いくらショウタが命の恩人だとしても、次期国王がタダの伯爵の屋敷にいらっしゃるのは異例よね。この前も、パルゴールに一緒に行ったんでしょ?」


「うちに殿下のペットの白ヘビを預かっている関係で見に来たいというのが大きいと思いますけどね。

 それと、前回のバルゴール行きについては、いくら殿下が元気になったからと言って、往復四カ月の旅には出せないでしょう? 飛空艇なら半日でなんとか向こうまで行けますから、私とアスカも招待されていたので、お連れするのが当然でしょう」


「それはそうなんだろうけど、あなたたち仲がいいわよね」


「だからどうってことは全くないんですけどね」


「フレデリカの言うように次期国王のリリアナ殿下が伯爵家のパーティーに行啓ぎょうけい(注1)されるのは、まさに異例じゃが、そのうち普通のことになるやも知れんな」


「あら、アルマ、それってどういう意味」


「いくら殿下と言えども自分勝手なことはできまい? 少なくとも王宮へいかが許しているということじゃな。だからと言って、ショウタと我らの関係がどうなるわけでもない」


「それって、まさかショウタが殿下の王配おうはいになるってこと?」


「可能性はあろう? 何せショウタはあらゆることに抜きんでておるからな。もう一、二年もしたら正式に殿下の補佐役になるのじゃろうし、とし的にもちょうどよかろう?」


 なんだか、アルマさんが訳の分からないことを言い始めた。俺と殿下が一緒になるなんてあるわけない。




[あとがき]

注1:行啓(ぎょうけい)

皇后・皇太后・皇太子・皇太子妃が外出されること。だそうです。天皇陛下の場合だけ、行幸(ぎょうこう、みゆき)だそうで、行き先が複数だと巡幸(じゅんこう)となるそうです。上皇陛下の場合は御幸(ごこう、ぎょこう、みゆき)だそうでかなり難しいです。上皇后陛下の場合は調べましたが分かりませんでした。




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