第492話 そして年越し3


 フレデリカ姉さんと師匠のアルマさん、三人で世間話をしていたら、だんだんとお客が屋敷に到着し始めた。リリアナ殿下の時だけは外に出てお迎えしなくてはならないが、他のお客さまは身内のようなものなので、そこまでしなくてもいいだろう。


 俺のいる居間に、やってきたお客が挨拶あいさつに来るので、俺もビッグに成ったつもりで鷹揚おうように構えて挨拶を返してやった。とはいえ、ちゃんと席から立って受け答えしているので、それほどビッグに成った感じは出ていないかもしれない。


 フレデリカ姉さんたちの次にやってきたのはペラと冒険者学校の助手の四人。


「マスター、昨日の卒業式とパーティーへの出席ありがとうございました! 今日はよろしくお願いします!」


 と俺に向かって大きな声で頭を下げてきた。


 ペラが引き連れてきた助手たち四人も、


「ありがとうございました! よろしくお願いします!」


 と、大きな声を出しながら頭をさげてきた。


 元気一杯はもちろんいいことなのだが、『アルマさんみたいなお年寄りもいるのだから、そんなに大きな声を出さなくてもいい』と、ペラたちに言ったら、アルマさんににらまれ、フレデリカ姉さんには笑われてしまった。


 そういった失敗は仕方ないよな。



 次にやってきたのは、ボルツさんたち三人とベルガー姉妹の五人。


 そして、エメルダさんと侍女のパトリシアさん。


 殿下以外の来客にはリリアナ殿下がやってくることは知らせているので、フレデリカ姉さんたちと同じに、みんな早めにうちに来たようだ。


 しばらくみんなで雑談していたが、そろそろリリアナ殿下もお見えだろうということで、お客さんたちには食堂の方に移動してもらい、うちの連中で厨房係以外の者を呼んで全員門の方にゾロゾロ歩いていった。うちではお仕着せは支給していないないので、着ている服は各人の私服なのだが、今日はそれなりに立派な服装をみんな着ている。


 そういえば、近年、機織り機が進歩して、王国での布の価格がかなり低下してきているそうだ。そのため、ちょっとお金に余裕のある家庭では古着ではなく、新しく服を仕立てることが多くなったようで、うちでもおそらくみんな新しく仕立てた服を着ていると思う。そういったところでも、近代化の波がこの国に押し寄せていることを感じる。



 玄関を出たところ、まだ四時前だがだいぶ陽が傾いているし、室内との寒暖差がある関係でそれなりに肌寒い。



 門の前で通りを見ていたら、五分ほどで、角を曲がって黒塗りの馬車が現れた。二騎の騎馬が馬車の前にいて、後ろにも二騎の騎馬がいるようだ。


 みんなに合図をして、きれいに二列に整列してお出迎えだ。ハウゼンさんとサージェントさんが先頭で俺とアスカが玄関側の一番後ろに立っている格好だ。


 二頭立ての馬車が門の前に着いたところで、サージェントさんが片側の馬のくつわを取って馬車を門の中に通して玄関先、俺たちの並んだ列の前に扉が来るように馬車を停め、ハウゼンさんが馬車の扉を開けた。騎馬は玄関の前で敷地の中には入ってこない。


 馬車の扉にはアデレートの国旗である楯の前で交差する二本の剣が黒字に金色で描かれている。


 この前パルゴールに一緒に行った三人の侍女の人たちが最初に下りて、最後にリリアナ殿下が馬車から降りてきた。


 俺が手を貸した方が良かったのかもしれないが、問題なく車から降りた殿下が、俺の方に歩いてきた。そのあいだ、うちの連中は黙って頭を下げている。


「殿下、お越しいただきありがとうございます」


 アスカと二人で頭を下げた。


「ショウタさん、アスカさん、きょうはよろしくお願いしますね」


 屋敷の扉を開けて、殿下たちを玄関ホールに招き入れる。王宮からの馬車は八時に殿下を迎えに来ることになっており、殿下たちを降りたところで、すぐに門を出ていき、騎馬と一緒に帰っていった。


「あら、ここはすごく暖かい。あれ? ここにも置時計があるんですね。王宮にある置き時計はこれよりももっと大きかったような気がします」


 俺自身は王宮で置時計を見たことはないが、どこか奥の方にでも置かれているんだろう。うちの置き時計もバカでかいという表現がぴったりだが、王宮はこれ以上か。


 ハウゼンさんが殿下たちが上に着ていたコートなどを受け取り、それぞれに名札を付けて臨時の手荷物預かり所にしている応接に持っていった。


「白ちゃんに最初に会いたいのですがよろしいですか?」


 白ちゃんというのは、あの白ヘビのことだ。殿下が付けたかわいらしい無難な名前ではあるが、俺から見ればちょっとね。


 それでも、案内しないわけにもいかないので、俺とアスカで殿下と侍女の三人を温室に案内した。うちの他の連中は先に食堂の方に入っている。


 温室の中に扉を開けて一歩入ると、そこはさらに暖かい。緑の繁った部屋の真ん中あたりの床の上に水槽が置かれている。


「ここはまた凄い部屋ですね」


「冬でも暖かくしていますから、木や草花が元気に育っています。白ちゃんもすごく元気ですよ」


 とアスカ。


 俺は殿下とアスカの後ろについている。


 殿下がしゃがんで、水槽をのぞき込んだので、アスカが気を利かせて水槽のフタを持ち上げた。止めてくれー!


 いつもは知らぬ間に口をついている心の声もさすがに今回は口かられていなかったようで、当然アスカに届かない。


 周りにたくさんの人がいるのでフタが開けられた白ヘビがどうなっているのかは俺のところからは見えないし見たくもないが、頼むから逃げ出さないでくれよ。


 野生状態でアスカに簡単に捕まったヘビだから逃げ出してもアスカが簡単に捕まえると思っても、嫌な想像だけはしてしまう。


 そんな感じでしばらくして、殿下も満足したようで立ち上がって、


「それでは参りましょう」


 やっとパーティー会場の方に移動することができる。


 アスカ、忘れずにフタを閉めておいてくれよ。



 殿下をともなって食堂に入ると、みんな食堂の周囲に立って、一斉に頭を下げた。誰が音頭を取ったわけでもないのに、見事にそろったお辞儀だ。


 俺などは、気楽に殿下と話をしているが、相当おそれ多いことなのかもしれない。


 とはいえ、パーティーのホスト役は努めなければならないので、


「リリアナ殿下もお見えになりましたので、さっそくパーティーを始めましょう」


 殿下からお言葉を賜る場面かもしれないが、これ以上かたぐるしくする必要もないので、そのままパーティーを始めることにした。


 今日のパーティーはいわゆるビュッフェ形式ということにした。食べ物や飲み物は食堂の真ん中のテーブルにずらりと並べている。パーティー出席者は小皿に好きな食べ物取って、適当な席に座って食べてもらう



 ミラとソフィアの二人では給仕が足りないので、今日は子どもたち六人にも、手伝ってくれるよう頼んだところ、シャーリーとラッティーの二人も一緒に手伝うと言ってくれた。忙しいのはおそらく最初だけなので、すぐに手がいて自分たちの飲み食いができるようになると思う。


 ただビュッフェ形式だからと言ってリリアナ殿下に勝手に料理を取って食べてくださいとは言えない。これについては、リリアナ殿下の三人の侍女の人たちが対応してくれた。しかもその三人は、うちの連中に混じって給仕の手伝いまでしてくれた。さすがにお客さまを使うのは褒められた状態ではないので、リリアナ殿下に謝ったところ、


 リップサービスかどうかは分からないが、


「三人ともそのつもりで来ていますから、大丈夫です」


 と言ってもらえた。


 今後もうちでパーティーを開くことがあるだろうが、その時は何か考えた方が良いかもしれない。


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