第482話 そして戴冠式


 グレートでもなければ、ハンティングとも呼べないような砂漠大トカゲ狩をして、帝都の東門の近くの空き地に『スカイ・レイ』が着陸したのは、まだ昼前だった。


そんな狩でも、リリアナ殿下たちには新鮮だったようで、結構喜ばれた。


 そのまま東門近くの食堂で食事して、午後もその近くにあった公園や美術館などを見て回った。


 敵性の存在を表す赤い点がミニマップに現れることもなく、俺たちは数日間、帝都観光を続けた。結構帝都内を動き回ったわけだが、リリアナ殿下も徒歩での移動にはだいぶ慣れたようで、途中途中でとっていた休憩も短くなっていった。



 そして、今日は戴冠式前日。


 帝宮前から続く大通りにはすでに紺色の生地に金色の丸の中に描かれた六芒星ろくぼうせいの帝国国旗が整然と並んでいる。準備期間中、雨などにたたられることなく、明日の戴冠式もこの分なら晴天だろう。


「戴冠式の雰囲気が出てきましたね」


「戴冠式の主役ではないのに私まで緊張してきました」


「人はある程度緊張している方が良い結果を出せるそうですから、明日の挨拶あいさつのときも今の殿下の状態で臨むことができればしめたものです」


「それは、本当ですか?」


「また聞きですので断言はできませんが、少なくともそう思っていた方が気持ちが楽になれるでしょう」


「そう言われると、そんな気も。あれ? 今度は緊張感が逆になくなってしまいました」


 殿下自身の戴冠式の時のためにも近くで戴冠式を経験しておくといい勉強になるはずだ。




 そして戴冠式当日。


 朝九時に帝宮から迎えの馬車が来るそうなので、宿屋の玄関ホールに置いてあったソファーに座って待っていたら、九時五分前に馬車が宿屋の玄関前の車寄せに到着した。


 殿下、殿下のお付きの人三名全員、それに俺とアスカが同乗して帝宮に赴いた。


 俺とアスカは例の衣装で済ませたが、リリアナ殿下の衣装は、国威を表す必要があるせいか、実に豪華なドレスだった。絹と思われる白地に銀糸と金糸を使った刺繍が施されたもので、要所に赤、青、緑の宝石がちりばめられている。小柄な殿下が着ているとそうとう重そうに見える。頭の上には輝き方からいって、ミスリルのティアラが乗っている。


 いくら俺でも、これを見ればちゃんと衣装とそれ以上に本人を褒めた方が良いくらいわかるので、


「殿下、今日の衣装は素晴らしいですが、それにもまして殿下はお美しい」


 歯の浮くようなセリフをよくも言えたものだが、これが良かったようで、薔薇の花が咲くような笑顔で、


「ショウタさんありがとう」


 と言ってくれた。女性はこれくらいほめた方がいいということが良く分かった。俺も知らぬ間に相当レベルアップしていたようだ。 


 帝宮脇の車寄せから帝宮内に入り、アデレートからの派遣組が使っている一角に設けられた控室に案内されて十時から予定されている式の開始を待つ。


 すでに、陸路パルゴールに向かっていた代表団も二日前にハムネアに到着しており、その際挨拶などは済ませている。その代表団もすでにこの控室の中に詰めて式の始まりを待っている。


 十時十分前に、迎えが来たので、その人の後について、ぞろぞろと式の行われる正面玄関前へ移動する。


 正面玄関前ではわれわれが向かっている貴賓席と思われる場所以外は人で埋め尽くされていた。みんなおとなしく、式の始まりを待っていて、騒がしいわけではない。


 ちゃんとミニマップで確認したが危険はいまのところみあたらない。


 われわれは案内された先で定められた席に座り、式の始まりを待つ。


 リリアナ殿下はわれわれとは別に、正面玄関の近くにしつらえられたステージの上の特別席に連れていかれた。リリアナ殿下の後ろ姿は特に緊張しているといった様子ではなかった。殿下の場合人目に出る機会は少なかったのだろうが、王族として育ったわけだからこの程度では緊張しないのだろう。


 それほど待つことも無く、正装したアリシアさんがステージの上に登った。ステージの上にはさらに壇が設けられていて立派な法衣を着たおじいさんとキラキラ光る冠を捧げ持った女性が一人が立っている。法衣のおじいさんはこの国の宗教がらみの高位の人物なのだろう。


 その人が大きな声でいわゆる祝詞のようなものを唱え始めた。言っている内容は聞き取りづらくて俺には全部を理解することはできなかったが、神さまが祝福している云々うんぬんといった内容だったのだと思う。なかで、『アリシアI世』という言葉だけがはっきり聞こえた。こういった物はおごそかさえ演出できれば内容などはどうでもよいのだろうから、十分役目は果たしたと思う。


 法衣のおじいさんが、隣に立つ女性が捧げ持つ紫色の布がかけられたお盆?の上に乗った金ピカの冠を手に取ったところで、アリシアさんがひざまづいた。一度群衆に豪華な冠が良く見えるように掲げた後、その冠をアリシアさんも頭の上に乗せた。


 ここで、詰めかけた群衆から拍手と「皇帝バンザイ!」「アリシア陛下バンザイ!」の大歓声が起こった。


 これで、戴冠の儀は終了だ。



 リリアナ殿下はステージ脇の超貴賓席から立ちあがり、壇上から降りたアリシア陛下に向かって進み、


「アデレート王国国王の名代として参りましたリリアナ・アデレードです。アリシア陛下、ご即位おめでとうございます」


 と、祝意を述べた。その後に続けて、


「アデレート王国はパルゴール帝国のこれからの発展にお力添えいたします。そしてこれまで以上に友誼を深めて参りたいと思います」


 そう言って、自席に戻った。


 そのあと、司会者?のような人がステージの脇から、今回の戴冠式のため、アデレート王国からのお祝いの品々の目録が読み上げられた。品目ごとに拍手が湧く。何もそこまで戴冠式でしなくても良いとは思うが、国民の対外感情などはこういった物品に対する方がはっきり表れるので、結構有意義なのかもしれない。


 そのあと、近隣国からの代表が挨拶とお祝いの言葉を述べて戴冠式は終了した。隣国のメリナ共和国からはだれも今回の戴冠式には派遣されていなかったようだ。



 戴冠式の後はパレードとなる。新皇帝が群衆の中をまっすぐ進み、元正門前に回された先頭の馬車に乗り込んだ。馬車列の前後を騎乗した騎士が二列に並び、その後国旗などを捧げ持った兵隊さんたちが四列で続く。騎馬の先頭は一人だけ白馬にまたがったハンナさんだった。新帝国では相当偉くなっているようだ。


 リリアナ殿下と俺とアスカは、新皇帝の乗った馬車のすぐ後に続く馬車に乗り込んだ。



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