第481話 グレートハンティング


 昨日の夕食時、今日の見物予定を話し合ったのだが、結局帝都の観光スポットを把握しているのがアスカだけなので『アスカにお任せ』ということになってしまった。




 移動を伴う旅行では、荷物になるためお土産みやげは最終日あたりに買うことが多いが、俺の場合荷物にはならないので、いつお土産を買っても問題ない。帝都見物はアスカにお任せと言っていたが、俺としては早めに砂色大トカゲを何匹か購入しておきたい。


「分かりました。殿下がよろしいなら、食材を扱っている店に最初に行ってみましょう」


 殿下も当然そんなことに反対はしないので、最初に行く場所は食材屋ということになった。ただ、帝宮からは距離があるそうで、行きだけ馬車を借りることにした。


 箱馬車の窓は上下にスライドして開け閉めすることができる木製の鎧窓が一般的なのだが、用意された馬車には窓ガラスがついていた。黒塗りの塗装にも傷一つなく、まだ木の匂いもしたので、新車なのだと思う。


 ガラス窓越しに戴冠式の準備の進む帝都の街並みを眺めながら、二十分ほど馬車に揺られて、やって来たのは帝都の中央市場に近い食材屋の並ぶ界隈かいわいだった。そこで馬車を降り、御者の人に礼を言って馬車は帝宮に帰した。


「クーデター政権当時は市場も閉鎖されていたそうですが、今では以前の活気を取り戻し品物なども豊富に流入しているそうです」


 と、アスカが残りの三人に解説してくれる。


 しかし、何でもアスカは知っているな。


「何でもは知りません、知っていることだけです」


 久しぶりにそのセリフを聞いた。



 今でこそこうして街も落ち着いて、市民の生活も以前の暮らしぶりに戻ったようだが、政変など庶民からすれば迷惑以外のなにものでもないといった所だな。まして、それが隣国にそそのかされてのものとなると、帝都民の反感はかなりのものだったろう。


 そしてその隣国は、今度は俺たちを標的にしたわけだ。今回の襲撃未遂については当然アデレートの王宮に報告されるだろうから、アデレートのメリナ共和国に対する心証は最悪になるだろう。


 何事もなければ来年の中頃には『魔界ゲート』の方も片付くはずだ。そうしたら、アデレートの騎士団にも余裕が生まれる。余裕のなさそうな今でさえ、帝都奪還以降、アデレート王国騎士団は帝国の領土回復に力を貸している。


 これは、エライことになるかもしれない。そういった意味で、ここパルゴール帝国の帝都ハムネア見物はリリアナ殿下にとってもいい経験になりそうだ。


 などと考えながら食材屋を覗いて見ていたのだが、何件か肉屋を回って見たものの砂色大トカゲは扱っていないか、在庫を切らせている状態だった。その代り、砂漠大ネズミは売っていたのでそれなりの量の肉を買っておいた。元の形は分からなかったが、分からない方がいいものもある。そのほか購入したのは、この辺りで採れる野菜や果物などをそれなりの量購入しておいた。


 リリアナ殿下は、店での買い物はこれまでしたことがなかったそうで、楽しそうに商品を眺めていた。


「殿下、私が収納して運びますから商品も傷みませんので、買いたいものがあれば買っていただいていいですよ」


「それでは、お言葉に甘えて。生れてはじめてのお買い物です!」


 ニコニコ顔で、果物を物色して、色や形の良いものを選んでいき、それを店に備え付けのかごに入れて、お店の人に勘定してもらったようだ。支払いも侍女の人が持っていた財布から自分で支払っていた。買った商品はすぐに俺が収納している。


 まさに、初めてのお買い物。今回こうして、プライベートで街中を眺め歩くことができたようで何より。今後こういった機会はなかなかないだろうからこれも殿下にとって良い経験になったろう。


「マスター、なかなか砂色大トカゲは見つかりませんが、いっそのこと、狩に行きますか? 生息地については先ほどお店の人に聞いて確認しましたし、この季節でも狩猟は可能だそうです。帝都から一番近い砂色大トカゲの生息地まで『スカイ・レイ』なら三十分もかからず行けそうです。砂漠地帯になりますが、今日は気候も穏やかそうですので、砂嵐などは起こらないと思います。それに砂色大トカゲはモンスターだそうですから、マスターにかかれば血も流さず仕留めることができますので、お手頃でしょう」


 なるほど、モンスターならきれいな形・・・・・で仕留めることができるので、リリアナ殿下にも刺激が少ないだろう。


「狩か。おもしろそうだな。

 殿下、そういうことなので、砂色大トカゲ狩りに行ってみませんか?」


「狩ですか? お二人と一緒ですから怖くはありませんが、大丈夫ですか?」


「もちろん大丈夫です。こういった街中にいるより人のほとんどいない砂漠地帯の方が安全かもしれません」


「お二人の狩の様子が見学できるなんて、思ってもいませんでした」


 リリアナ殿下も俺たちの対モンスター戦に興味があったようなので、簡単に了承していただけた。


 市場の脇に荷馬車の荷物の積み下ろし場があり、そこがちょうど空いていたので、見回り中の市場関係者に了解を取った上で『スカイ・レイ』に乗り込み、砂色大トカゲの生息地の砂漠に向かった。


 ただ、市場の人は、すこしだけ作業場を使わせてくれと言ったのを了承してくれたのだが、『スカイ・レイ』が目の前に現れ、それに俺たちが乗り込んだ上に、大空に舞い上がったのには驚いたようだ。地面がむき出しなら『スカイ・レイ』の離陸時の噴気でそこらじゅう砂だらけになって大変なことになったろうが、石畳だったおかげで大ごとにならずに済んだハズだ。帰りは帝都の外壁の外に着陸した方が無難だな。



 アスカに任せた『スカイ・レイ』で帝都から北東に約三十分。近くにオアシスを中心とした街が点在している砂漠の中に『スカイ・レイ』は着陸した。


 俺は上空からすでに砂漠大トカゲと思われる点をミニマップ上で見つけている。もちろんアスカも俺と同じだ。



 四人で『スカイ・レイ』から降りたところで、


「それじゃあ、俺が、二、三匹砂漠大トカゲを捕まえてくるから、アスカは殿下たちを見守っておいてくれ」


「了解しました」



「ショウタさんが一人で行くんですか?」


「相手はモンスターですし、どこに潜んでいるのかはもうわかっています。ここからでも仕留めることはできますが、それではあんまりですから、一応近づいて様子だけは確認してみます」


 ミニマップからの魔石奪取アンド収納で事足りるのだが、せっかく殿下がここまで来てそれでお終いでは割に合わないだろうと思い、動いている砂漠大トカゲをお見せすることにした。


 砂漠大トカゲは『スカイ・レイ』が近くに着陸しても、驚かなかったようで、逃げ出したりしていない。


 俺は今、五十メートルほど先でじっとこちらの様子をうかがっている砂漠大トカゲに向かって、神撃の八角棒を久しぶりに取り出してゆっくり近づいている。ミニマップ上では砂漠大トカゲと思われるモンスターがそこから百メートルくらい離れて数匹じっとしているのを確認している。この砂漠の中でこの数はかなりの密度だと思う。



 あと、十メートルほどに迫ったところで、砂漠大トカゲも自分の位置が俺に掴まれていると気付いたようで砂の中からいきなり飛び出して俺の方に走り寄ってきた。


 その動きに特に慌て離こともなく、


「魔石奪取!」


 一応、殿下たちのも狩の成果をお見せしようと、収納まではせず、砂の上でつんのめったまま動かなくなった全長二メートルほどの砂漠大トカゲをそのままにしておいた。


 この砂漠大トカゲなのだが、今もまだ俺の収納の中に数十匹残っているサンド・リザードに酷似こくじしている。


 アスカたちが砂漠大トカゲの前に立っている俺の方にやって来たので、アスカに、


「あれって、サンド・リザードじゃないか?」


「そのようですね」


「あれなら、収納の中に何十匹も残っているぞ。アスカは食べてみて分からなかったのか?」


「申し訳ありません。味は似ているとは思いましたが、料理方法の違いのためか同じものとは気付けませんでした」


「いや別にいいけどね」


 サンド・リザードだか砂漠大トカゲは殿下にとっては初めて動いているところを見たモンスターだったようで、恐る恐る手を伸ばして触っていたのが印象的だった。


 せっかくここまで来たので、それから三匹ほど砂漠大トカゲを狩ってからわれわれは帝都に戻った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る