第480話 観光二日目


 殿下を狙ったと思われる襲撃が未遂に終わった。


 実際のところ、殿下を狙ったのか、俺とアスカを狙ったのかは分からないが、俺からすると、アスカを狙うような人物がこの世に存在するということが頭の中で想像できないので、狙いは殿下だったと自動的に思っている。


 今回の出来事では、ちゃんとミニマップを確認していたことがこうそうしたようだ。とはいえ、俺がいくら気を張っていっても、眠くなれば寝てしまう訳で、アスカにおんぶにだっこ状態にならざるを得ないのは事実だ。それでも、もしものこともありえる。油断せず気を緩めないようにすることが大切だ。

 



 宿屋に戻り、夕食の時間になれば殿下たちを迎えにいくと約束して、いったん各々のスイートに引き上げた。



 部屋に入って、スイートの居間のソファーでくつろぎながら、


「やっぱり襲撃があったな。こうなると、この宿屋の中でも安心できないな」


「その通りですが、マスターのミニマップを私が常時確認していますからマスターは安心していて大丈夫です」


「ありがとう。頼むよ。まあ、それでも俺もできる限りちゃんと注意は向けておくからな」


「その意気込みは大切です」


「とはいえ、意気込んでいるのはこの俺だからな。せいぜい空回りしないようにするよ。だけど、襲撃されるのを待っているだけなのも嫌なものだな。

 今は戴冠式の関係で警備も通常より厳しいから、襲撃者の方も動きづらいかもしれないけれど、相手もプロだろうし、どんな手を使ってくるのかは分からない。襲撃者たちのアジト的なものが分かれば、こっちから出かけていって潰してやりたいくらいだ」


「マスターも今回は積極的ですね。戦略的にはマスターのおっしゃる通りですが、戦術的には私がいる限り、こちらの守りが破られることはありませんから、そこまでは必要ないでしょう。それに、今日捕らえた二人も帝都の官憲による尋問を受けるでしょうから、われわれが出しゃばらなくても、そちらでそのうち対応すると思います」


 他人任せなのはどうも落ち着かないが、いわゆる警察行動を、勝手にしかも他国でおこなうわけにもいかないので、アスカの言うようにおとなしくすることにした。よく考えれば、襲撃者のアジトなりをこちらから攻撃するにしても、殿下の周りから離れるわけにはいかないし、殿下を連れていくわけにもいかないので、結局無理な話だった。


「リリアナ殿下については行動を共にできますので、このまま帝都観光を続けても問題はないと思います。予定では戴冠式後のアリシア陛下のパレードには、われわれは参加しませんが、アリシア陛下の安全を期すため、パレードにも殿下ともども参加しましょう。アデレート王国は今となってはパルゴール帝国最大の後ろ盾ですから、国賓待遇のリリアナ殿下の名まえでパレードに参加したいと申し出れば、簡単に了承されると思います」


「そうだな、夕食時にでも殿下に話して、明日にでも帝国側の了解を取ってもらえばいいな。それにしても、最近、天下国家とまでは言わないが、俺たち大きな話をしているよな」


「それだけ、マスターが影響力を持ってきたということでしょう」


 何はともあれ、アスカが俺を含めてリリアナ殿下、アリシア陛下の安全を保障しているわけだから、どのような事態になろうとも、何とかなるだろうと俺は思ってしまう。ここで、たかくくって、自分でもできることを放り投げてしまってはマズいが、気持ちに余裕があることも大事だ。



 その日の夕食時、殿下たちが昨日食べていたあのトカゲ料理をメニューで探したのだが、見当たらなかった。残念ではあるが、いずれ食材は手に入るだろうし、屋敷に帰れば、ゴーメイさんが工夫しておいしい料理ができ上る。ここは、食べるより食材探しを優先した方が賢明だ。



 食事中に、リリアナ殿下に戴冠式後のパレードについて説明し、了承を得た。明日の朝、帝都見物に先立って帝宮にもう一度おもむき、帝国側に依頼していただくことになった。




 さて、翌日。


 朝食を済ませてしばらく休憩し、もう一度四人で帝宮に顔を出した。今日のリリアナ殿下のお付きの人は昨日とは違う人だ。



 昨夜の打ち合わせ通り、殿下から『リリアナ殿下、俺、アスカの三人がパレードに参加したい。パレードの際、襲撃者などが襲ってきた場合は独自に対応する』と、アデレート王国の駐在官に伝えた。駐在官の人はフットワークのいい人だったようで、『帝国側の了承をいただいてきます』とその場で部屋を出ていった。


 お茶を飲みながら待っていたら、十分もかからず『了承を得てきました』と報告を受けることができた。『独自に対応する』という部分はかなりグレーなところだが、先方が了承してくれたようで、これで警護がかなり楽になる。


 それと、昨日の襲撃未遂について、帝国から王国側に知らされた内容について報告を受けた。


 やはりあの二人は、メリナ共和国の工作員だったということと、彼らのアジトについて尋問を継続中ということだった。工作員が逮捕された以上、アジトは既に引き払っているだろうから、そちらの検挙は難しいだろうとアスカは言っていた。


 帝宮での用事も終わったので、昨日に引き続き帝都見物に行こうと席を立とうとしたら、殿下以下俺たちに警護の人員を付けたいと、外務省から派遣されている駐在官に言われたのだが、そこはリリアナ殿下が断ってくれた。


 俺たちの実力をある程度知っている騎士団から派遣されていた駐在官は苦笑いをしていた。警護の人まで護衛したくはないので、こちらとしてはありがたい。

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