第462話 社会科見学4


 『ナイツオブダイヤモンド』での食事については、教育の一環であることが分かってしまったためか、新人六人は今日の食事は適当でよいとアスカから言われたものの意識したようだ。何だかぎこちない感じで食事を進めていたのだが、落ち着いた雰囲気の中でおいしい料理を食べていたらそういった硬さも取れて来たようだ。ラッティーの受験については時間的にあまり余裕がなくて詰め込みとなったようだが、今度の六人についてはそれほど余裕がないわけでもないので、もう少しおおらかな教育でもいいんじゃないかと思う。


 まあ、『鉄は熱いうちに打て』ともいうし、今やる気のあるうちに厳しく指導することで、生徒たちがこれが普通なんだと思えるようになれば、逆に楽になるかもしれない。俺はそんなことはなかったけどな。



 食後のデザートを食べながら、


「アスカ、午後からは?」


「順番が前後しましたが、王立大学に行く予定です」


「そう言えばそういう話だったな」


「途中休憩で寄り道したため、先に図書館にまわりました」


「そこはどっちでもいいよ。俺もおそらく大学の近くを通ったことくらいはあるんだろうが、意識していなかったので全くどこにあるのか分からないな」


「王立セントラル大学は、先ほどの図書館の近くです。ハイキングのつもりでゆっくり歩いていきましょう」


 デザートを食べ終えて少しゆっくりして、いちおう形だけでも代金を払おうとしたのだが、食堂の係りの人に受け取れませんと言われたので、『ごちそうさまでした』と言って『ナイツオブダイヤモンド』を後にした。



 食事が終わって『ナイツオブダイヤモンド』を出て空を見上げると、何だか雲行きが怪しくなってきている。午前中は良い天気だったが食事中の一時間ちょっとで雲が出てきたようだ。



『ナイツオブダイヤモンド』の正面玄関と通りを挟んで、真正面に商業ギルドがある。


「あれが商業ギルドの本部だ。あの建物の裏は荷物の集荷場しゅうかじょうと倉庫街になっていて、荷馬車がいつも出入りしている。われわれもよくお世話になっている場所だ」


 商業ギルドの建物の中は俺自身玄関ホールと二階の応接。それに『エリクシール』を最初に作った旧宿直室くらいしか知らない。あと知っているのは裏側の倉庫くらいだ。普通はそんなものだろう。


 商業ギルドも見どころは何もなさそうだが、冒険者ギルドの方はもっと見どころがなさそうだ。見どころどころか、からんでくるような連中がいたりする。撃退するのは容易だが、子どもたちの前で派手なことはできないので面倒だ。やはりスルー推奨すいしょうだな。


 と、思っていたら、ラッティーが、


「商業ギルドは見ても面白くなさそうだけど、冒険者ギルドはどんなところなのか一度中を見てみたい」


 などと言い始めた。そしたら、ほとんどだれもあそこの中を見たことがなかったようだ。


「アスカ? どうする?」


「社会科見学という建前からすれば見学もいいかもしれませんが、見るべきものはありませんし、妙な冒険者に絡まれても、有無を言わさず撃退することが子どもたちの前では難しいので、前から眺める程度でいいんじゃないでしょうか」


 俺と同じ意見のようだ。


「そういうことだから、前から眺めるだけな」


「えー、つまんない」


「ラッティー、そうは言うけれど、最初からつまらないものはどうしたってつまらないだろ?」


「そんなことはないです。ちょっと失敗した料理でもおいしいソースをかければ挽回ばんかいできるもん」


 妙な屁理屈へりくつを考えたものだ。今のラッティーの応えにミラとソフィアの姉妹がしきりにうなずいている。


「それなら、中をちょっとだけ覗くだけな。あまりのつまらなさに後悔するなよ。

 アスカ、そういうことだから、ちょっとだけ中を見せてやろう」


「分かりました。マスターは若年者に対してはそうとう甘いですよね。冒険者ギルドは、留守番のみんなにお土産を買う予定のお店さかやの方向ですから、最後にまわりましょう」


「アスカさん、俺が周りから変に誤解されるようなことを言うのは控えていただきたいのだがな」


「これはいたらず失礼しました」


 こういうのを真顔で言われると返す言葉がないな。



 そんなこんなを話しているうちにセントラル大学についてしまった。大学の門は付属校とは違って休日でも開いていた。しかも一般人とおぼしき人も勝手に出入りしているし、門衛の人も全く気にしていないようだ。


「大学は自由なんだな」


「私にはマスターの知識しかありませんが、マスターの国でもこんな感じのようです」


「そうなのか。無意識にでもこういった光景を見たことがあったのかな。もうどうでもいいけどな。 

 それじゃあ、みんな中に入ってみようか。構内には入れるだろうが建物の中は勝手には入れないだろうから、ぐるりと一回りするだけだ」


 付属校と違ってグランドのような物はなく建物と建物の間は洋風の庭園のようになっており、一般人でも公園として利用できるようだ。現に子連れの夫婦や、若い男女が何人も構内を歩いている。大学というのはどこまでも自由のようだ。


「セントラル大学に四部あるうちの騎士養成部だけはここから離れて王都の北にあります。構内で訓練も行いますので立派な屋内、屋外訓練場のある施設になっているようです。この六人の中でどうしても軍人になりたいというものがいれば、内容を紹介しますが、まずいないでしょう」


「勉強が好きな子を集めてもらったので、そっちを目指す子はおそらくいないだろうな。それでも考えが変わってどうしても騎士だか軍人になりたいというなら仕方ないけどな。いちおうは生徒たちに確認しておいてくれ」


「了解です」



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