第460話 社会科見学2


 この国にとって有名な人物の像の前でアスカの解説を聞いて、また俺たちは付属校に向かって歩いていく。


 後ろの方で、シャーリーがラッティーに向かって、


「将来ショウタさんとアスカさんの像がどこかの広場に飾られるかもね。そういえば、ショウタさんはあんまり変わっていないけれど、アスカさんは最初のころは、フード付きの暗い赤茶色のローブを着てそのフードを目深まぶかにかぶっていたの。腰には剣帯を巻いて後ろに剣を二本交差するように差していたんだからそれはもう迫力あったんだよ」


「そうなんだ。いまからじゃあ想像できないよね。わたしが国に帰って女王さまになったら、きっと二人の像を立てるけれど、どんな感じにするかは考えておかなくちゃ。でも、服装は未定だとしても、ポーズは二人で走っているところだよね」


「やっぱりそうなるよね。それができたらみんなでアトレアまで見に行かないと。大勢で一緒に行きたいけれど飛空艇だとあんまり人数が乗れないもんね」


「シャーリー姉さん。そのころにはね、このセントラルからキルンを通って、わたしのアトレアまで鉄道が敷かれているから問題なく大勢でくることができるよ。鉄道ができるころには、わたしが頑張ってアトレアを大きくて立派な国にしているからね」


「期待してるよ、ラッティーちゃん」


「任せて」



 そうだった。ラッティーのアトレアまで鉄道を敷かなくちゃいけなかったんだ。王都からキルンまで五百キロを鉄道で結ぶ工事が始まっているけれど、完成までに五年を見込んでいる。キルンからアトレアまで千キロ余り。キルンの工事が終わった後で、すぐに工事に取り掛かったとしてもそれから十年か。ずいぶん将来の話だが、夢のある話だよな。


 おそらく、この国としてはキルン方向の次は北の方向に鉄道を伸ばしたいのだろうけれど、ここは最大のスポンサーである俺がごり押しして南方向に鉄道を敷いてやらねばなるまい。そうすれば大森林内の鉄道沿線の開発も進むんじゃないか。いや、それよりも大森林内に点在するというエルフの村落との交流が盛んになるかもしれない。そこらは大森林に住んでいたエルフのフレデリカ姉さんに確認してみないとな。


 いずれにせよ、もうそんなに遠くない未来に、この世界で近代化が始まる。そのころには電話くらいできていそうだ。マーサからソルネの超技術を移転してもらうのは基盤ができてからなので、まだまだ先の話になるだろうが、百年先には現実化するかもしれない。百年先に俺が生きている可能性はかなり低いが、それでもその過程を見守っていくことはできるはずだ。


 あれ? もう俺はこの世界に頭と体がどっぷりとつかってしまって、この世界の将来のことばかり考えている。もういいんよな。それで。



 軽食屋を出て三十分ほど歩いてやっと付属校にやってきた。


 付属校の校舎を見てシャーリーのラブレター事件を思い出してしまった。あれから何も話がないので忘れるところだった。覚えていようがいまいが何も影響ないのだが思い出したものは仕方がない。とはいうものの思い出しても仕方がない。



「せっかくここまで来ましたから、中に入って見ましょう」


「アスカさん、休みの日には学校内には入れません」


 と在校生代表のシャーリー。


「門衛の人に聞いて、ダメなら諦めればいい。おそらく入れてくれると思う。

 ということですので、マスターの肩書の出番です」


「えっ? 俺が交渉するの?」


「それは『伯爵』閣下ですから」


 そう言われればそうなんだが、人見知りの俺が交渉するのか。人と話すことは面倒だというだけなので、話し始めれば何ともないんだけどね。


 門の脇の小さな建屋の窓口に向かって、


「すみませーん」


 そう大きな声で中の人を呼んだら、


「はい。どういったご用件でしょう?」


 おじさんが中から顔を出してきた。


「来年ここに受験する子どもたちを連れてきたので、できれば校庭の中に入って中の様子を見せてやりたいんですがどうでしょう?」


「部外者の方の当校への立ち入りは禁止されておりますのでお引き取りください」


 それはそうだろうが、いちおう俺はこの学校の生徒の保護者だ。


「わたしが保護者になっている者が二名この学校に通っているので完全な部外者という訳ではありません」


「そうでしたか。それでは、生徒さんの氏名をおっしゃってください」


 疑り深いおじさんだな。まあ、何かあれば責任問題になるから当然ではある。


「二年のシャーリー・エンダーと一年のリリム・アトレアです」


 名簿があるらしくそれをめくったおじさんが、


「えーと保護者の名まえは、コダマ伯爵とエンダー子爵。注意書きにお二人ともかなりお若い。……、あっ! コダマ伯爵閣下ご本人と、隣りに立っておられるのはエンダー子爵閣下ご本人。失礼しました。すぐに通用口を開けますのでそちらからお入りください」


 誰にでも分かる社会的な地位というものはあった方がいいとこれほど実感したことはなかった。たかだか高校生くらいの若造に対してそこまで丁寧ていねいにへりくだる必要はないと思うが、こういった相手方の対応を見ると、貴族の中には自分に対する対応についてクレームを入れるやからも多いのかもしれないと思いいたった。


 門衛の人に礼を言って、みんなを連れて通用口を抜けて構内に入っていく。


 ここから先は、在校生に任せた方がいいということで、立ち並ぶ校舎のどこらあたりに何があるのかをシャーリーとラッティーに説明したもらった。俺のいた学校とさして変わらないようだ。もちろんこの国の学校にはプールのある学校などどこにもないそうで、この学校にもプールはない。


 今ではアスカの特訓のおかげで泳げるようになったので何とも思わないはずだが、俺は体育の時間のなかで水泳だけはどうしても嫌だった。


 俺は俺でそういった感想を持って学校を見回していたのだが、新人六人はシャーリーたちの説明を真剣に聞いていた。こういった学校に通ったことのない他の連中も興味深そうに聞いていたところを見ると、学校には学問を教育するという面だけでなくそのほかの面もあるんだと思った。マーサなども学校の途中で抜擢ばってきされて脱出船ソルネ4のクルーになったせいか、六人に混じって興味深そうに話を聞いていたのが印象的だった。その意味では俺も高校を二カ月間しか通っていなかったのでマーサと似たようなものだが、そういった感慨のような物はなにも湧かなかった。案外俺はドライのようだ。







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