第457話 約束


 夕食時。


 ここのところの、夕食時の俺周辺の席順は、俺の目の前には風呂上がりのベルガーさん、ベルガーさんの右にマーサ。俺の左にアスカ、アスカの前にラッティー、その左にシャーリーが座っている。俺の目の前のテーブルは十人くらい並んで食事のできるテーブルなのだが、前に四人並んで、俺の方は俺とアスカの二人だ。もう少し余裕があるが、俺とアスカの右隣り、左隣には暗黙の了解で誰も座らないようだ。


 ラッティーが食事しながら、シャーリーに何か話しているのだが、お風呂の時と違って周りを気にしたひそひそ声で話している。俺はついつい耳をそばだててラッティーたちが何を話しているのか聞こうとしているのだが、まるで言葉が聞き取れない。気になってくると気になるもので俺の食事の手がついつい遅くなってしまう。


「マスター、食欲がないのですか?」


「そんなことはないし、全然大丈夫だから」


「そうですか」



 しかたない。どうせアスカの耳ならちゃんと二人の話を聞きとっているのだろうから後でアスカに二人が何を話していたのか聞いてみよう。いや、その前にシャーリーのラブレターについて相談しなければいけない。俺はどうすればいいんだ?


 夕食を作ってくれたゴーメイさんたちに悪いので、ちゃんと食事しないとな。



 なんとか、そんなに遅くはならずに食事を終え、ベルガーさんを玄関ホールまで送って、アスカと二人居間に向かった。


 近くに誰もいないのを確認し、アスカに向かって小声で、


「風呂に入っているときに女風呂でラッティーがシャーリーに話していた内容が聞こえてきたんだけどな」


「そうですか。何かありましたか?」


「ラッティーが学校から帰って来て早々に俺たちのところにやって来て何やら話したがっていただろ?」


「そうですね。なにか、シャーリーのプライベートに関することらしいのでマスターはラッティーの話を聞いてやりませんでしたね」


「それはそうなんだけれど、風呂に入っていたら聞こえてきたものは仕方がないだろう?」


「それをマスターが私に話すということは、よほど重大な話だったのですね?」


「いや、重大とまでは言えないかもしれないが、俺としたらどうすればいいのか分からなかったんで、アスカに相談したいんだよ。実は、シャーリーがラブレターをもらったらしいんだ」


「えーと、ラブレターですか? それがどうしましたか?」


「いや、将来を約束でもしたら、大問題じゃないか? 自分で言うのも何だが、シャーリーは養子とは言え、それなりの資産家である、俺とアスカの娘になるわけだからな。これから付き合うのなら、相手はちゃんとしていなければいけないだろ?」


「マスターの言うちゃんとした相手・・・・・・・・とはどういった人物でしょうか?」


「それはまず経済力だな。うちの財産を当てにするような相手では問題だろ? 次は容姿だ。顔については何も言うまい。ただ、シャーリーよりも背の低い相手は俺が嫌だ。そして、俺よりも背の高い男はもっと嫌だ」


「マスターの要望はそれだけですか?」


「あとは、シャーリーより年下はダメだし、俺より年上はもっとダメだ」


「分かりました。マスターが今言ったことを一般論としてシャーリー本人に伝えておきましょう」


「いや、アスカ、早まってはダメだ。そんなことを言う権利はタダの保護者の俺たちにはないだろ。今言ったのはあくまで俺の希望だからな」


「それは、困りましたね」


 アスカでも困る案件があることに俺の方が驚いてしまった。



 俺だって、恋愛は本人の自由だし、周りがとやかく言う訳にはいかないものだと理解はしている。しかーし、分かっていても心配なものは心配なのだ。


「なあアスカ、週明けにでも確認のため付属校に潜入・・してみないか?」


「マスター、それだけはやめましょう。もし何かのはずみでわれわれの侵入・・が学校側や生徒たちに見つかってしまった場合、シャーリーはおろかラッティーまでも白い目で見られてしまいます」


 そうか、これまで失敗などしたことはなかったので、失敗した場合の影響などを考えるのをおこたっていたようだ。過信は禁物。初心忘るべからず、『心して降りよ』だ。それとは、ちょっと違うか。


「わかった。侵入せんにゅう捜査は得られるものに比べリスクが高すぎるわけだな。仕方ない、断念しよう」


「それを聞いて、ホッとしました」


 アスカにもそういった感情があったのか。本当に人間と変わらないな。


「そういえば、さっきの夕食時、ラッティーとシャーリーが小さな声で話していただろ? アスカなら二人がどんな話をしていたのか聞こえなかったか?」


「もちろん聞こえました」


「そうだよな。俺からは内容を教えてくれとはさすがに言えないものな」


 こういったんだから、アスカも俺の言いたいことを察してくれてもいいだろうに、そのまま黙ってしまった。


 なんだか、俺だけのけ者にされているようだ。こういった気持ちを疎外感そがいかんというのだろう。いわゆる、ボッチ属性を獲得してしまったようだ。


 冗談はさておき、今回のことはいろいろ考えさせられる。実際、俺とアスカがシャーリーの親代わりではあるが、そんなに年も離れていないわけで、シャーリーが将来結婚した場合俺はシャーリーの旦那さんから『お義父とうさん』と呼ばれてしまうのだろうか。覚悟はしておく必要はあるな。


「マスター、シャーリーの配偶者のことを心配するのは大切ですが、マスター自身の配偶者についてはどのように考えているんですか?」


「俺のことは良いんだよ。第一アスカがいるのに結婚とか考えられないし、アスカは俺が死ぬまで付き添ってくれると言ってたじゃないか。そしたら別に俺が結婚する必要はないだろ? アスカは俺の死んだ後は自由にしてもらって構わないけれど、できれば、うちを継ぐ者たちを見守ってやってくれ」


「それは大丈夫です。千年程度は間違いなく見守ります」


「千年もこのうちが続くとは思わないけれど、よろしくな」


「当然のことですから、安心してください」



 シャーリーの将来の伴侶のことを話しているうちに俺の話になってきて、結局、俺が死んだ後もアスカをこの家に縛り付けてしまうことになってしまった。


 約束の『束』とは拘束の『束』、縛り付けるという意味なんだ。


 俺が歳をとって先が見え始めたら、アスカには自由にしていいとちゃんと言っておかなくちゃな。


 これって、口頭ではあるけれど、俺の遺言ゆいごんになるんだよな。


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