第442話 偽善者


 マーサの授業の終わったベルガーさんにうちの風呂に入ってもらった。


 アスカがどのような着替えの下着を勧めたのかは知らないが、ベルガーさんも受け取ってから風呂に入ったのだから言うほどスゴイ・・・下着ではなかったのだろう。


 風呂に入ったあとで自宅に帰ってから食事の準備も大変だろうし、女性一人の夜の外食は勧められないので、ついでに夕食を食べていくよう湯上りのベルガーさんに勧めた。


「遠慮する必要はありませんし、みんなと一緒に食べた方が美味おいしいですよ。それに、うちの料理人のゴーメイさんは王室の方にも料理をふるまっておめいただいている料理人ですからきっと満足できると思います」


 とか言って、遠慮がちのベルガーさんにお客さま席の俺の正面に座ってもらい、マーサが右にずれて、ラッティーが俺の右に座ることになった。


 食事の前に、みんなにベルガーさんを紹介しておくのは忘れない。


「みんなー、今日のお客さんは魔法陣技師のベルガーさんだ。飛空艇で使っているメインの魔道具なんかに入っている魔法陣なんかも作っている人で、今日からマーサのもとで科学というものを学んでいる。そういえば、万能薬作りのための装置も以前作ってもらっていたな。そういうことなんで、みんなも覚えておいてくれ」


「ベルガーです。みなさん初めまして。新しい知識をマーサさんに教えていただくため、今日からもこのお屋敷に通っていますのでみなさん仲良くしてください」


 みんなの拍手の中で、ベルガーさんが席についた。


「これほど大勢での食事は久しぶりです」


「それは良かった。それで、うちで食事を始めるときはみんなでそろって『いただきます』といってるんです。

 それでは、『いただきます』」「いただきます」


 少し遅れて、ベルガーさんも、


「いただきます」と合わせてくれた。


 食事をしながらあちらこちらで、元気に会話している。騒々しいくらいなのだが、非常に明るい雰囲気ふんいきなので、俺からすると好ましい。


「料理はおいしいし、みなさんの元気が伝わってくるようですね」


「ベルガーさんはお一人で食事の準備なんかは大変でしょうから、うちにいらっしゃったときは、食事はご一緒しましょう」


「ありがとうございます。こんなおいしい食事が頂けるなんて幸せ。

 つかぬことをお聞きしますが、毎日お風呂は準備されているんですか?」


「もちろんです」


「それは本当に贅沢です。それでしたら、お風呂も使わせていただいてよろしいですか? 着替えはもちろん持参します」


「好きなだけ入ってください。一人二人増えようが何も変わりませんから気を使う必要はありませんよ」


「このお屋敷はまさにパラダイスですね」


「それでしたら、ベルガーさん、部屋はまだあったはずなので、よかったらここに住んでもらっても構いませんよ」


「さすがにそこまで甘えられませんし、魔道具工房が近くにあった方が仕事もしやすいですし」


「ベルガーさんの工房くらいならすぐに建て増しできると思っていましたが、魔道具工房のことは考えていませんでした」


「マスター、魔法陣がある前提で、ある程度の魔道具なら私でも造れますが」


「アスカに作れないものはないかもしれないけれど、飛空艇の大型魔導加速器なんかを毎日は作りたくないだろ?」


「それはそうですね」



 そういった話をしながら食事も終わり、しばらくしてベルガーさんはうちの馬車で帰って行った。



 ベルガーさんを見送ったあと、俺はアスカと居間でお茶を飲みながら、


「いずれにせよ、新たに孤児奴隷の子どもたちもやってくることだし、ここの改築だけは早めにやっておいた方がいいよな」


「増改築は良いとして、将来的には、トンネル東口辺りに新しく屋敷を建てたいですね。マーサのこともありますし」


「そうだな。あのあたりだと土地が自由になりそうだし、かなりのものを建てることができそうだよな。その代り買い物は不便になるから、先に道を整備して、それから御者の人を増やして馬車も二台体制くらいにしないとな。

 まてよ、そしたらあの辺りに、学校を建ててやるのも面白そうだな。街から外れて何もない場所だけれど、全寮制にしてやればいいし。そのうち、いろんな店や工房なんかも誘致しても良いしな。

 こういうふうに、夢を広げているあいだは楽しいよな」


「マスターが夢を語れば、たいてい実現してしまいますし、私はマスターの夢をかなえるためにこれからもできることをやっていきます。

 とはいえ、今の話は、まだ先の話ですね。道路については、私たちで作っても良いでしょうが、国への折衝せっしょうもあるでしょうし、お金をため込むばかりではいずれ社会の反感を招くかもしれませんから、還元するためにも商業ギルドに発注するのも手だと思います。リストさんならそこらへんはうまくやってくれるでしょう」


「なるほど。アスカは国のお役人さまの発想ができるみたいですごいな」


「国というより、コダマ伯爵家のためになることを考えています」


「ありがとう。これからも頼むよ」


「もちろんです」


「まだ、俺も成人もしていない若造だけど、コダマ伯爵家っていうものを意識していかなくちゃいけないんだな。俺自身は他人に対してとやかく言う気は何もないけれど、身内には責任があるからできるだけのことをやってやりたいし、次の世代のためにもできることはしっかりしなくちゃな」


「マスターは自分のこととなると何も考えていないようですが責任感は人一倍です」


「俺だって、自分のことが一番だよ。だから面倒なことはやりたくない。でも、できることがあるのに何もしないでいると悔やまれるだろ? それは嫌なんだよ。俺自身が嫌な思いをしたくないから、いろいろやっているけれど、見た目は誰かのためのようなことも、実際は俺のために何かしているわけだ。要は偽善者だな」


「自分のためにおこなったことが誰かのためになるのならそれはそれで素晴らしいことだと思います」


「アスカは俺をいつも褒めてくれる。俺は言うほど良い人でもなければ、ちっちゃな男だからな」


「マスターが自分をどのように評価しようと私にとってマスターはマスターですし、シャーリーたちにとってもそれは変わりません」


「これは、ありがとうと言っておいた方がいいんだよな」


「そんな必要はありません。マスターの気持ちはみんなに伝わっています」


「ありがと。話は変わるけれど、来週には冒険者学校の増築が終わるな」


「十月から四十人態勢になりますから、冒険者ギルドにももう一度新人の募集人員を確認しておきましょう」


「そうだな。今の二期生も実習を始めてしばらくたつから、ペラに買取用の現金を補充しておかないといけないよな」


「結局、マスターは仕事を進めていくんですね」


「放ってはいけないだろ。それこそ俺の義務だもの」


「マスターの義務は多くて大変ですね」


「アスカにサポートしてもらえなければ何もできないけれどな」


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