第434話 王宮にて3


 二日後、リーシュ宰相の秘書の人に言われたように、王宮から迎えの馬車がやってきた。俺のいた日本で言えば社用車による重役出勤だ。思えば遠くに来たものだが遠くに来ただけでなく相当偉くなってしまった。


 これがあくせく努力した結果ではないのが心苦しいかといえば、別に心苦しいわけでもない。ただ、全てはアスカのおかげだと感謝はしている。


 王宮からの迎えの馬車の中で、


「アスカありがとうな」


「マスター、いきなりどうしました?」


「いつも俺はアスカに感謝してるってことを言葉に表しただけだ」


「よくわかりませんが、ありがとうございます」


 さすがに以心伝心のアスカにも俺の今の気持ちは理解できなかったようだ。


「初日、辞令をもらった後はどんなことをするのかなあ?」


「おそらく、王宮内での顔つなぎではないでしょうか。何をするにせよこれからは人との交渉が基本になるのでしょうから、お互いのことを知らなければ話もできません。幸い、マスターは有名人ですからおそらく相手方はマスターのことは知っているでしょうからその点は楽だと思います」


「なるほど、俺が相手を知ればいいんだな」


「相手を正しく理解して交渉などを進めていくには、相手と同等以上の知識や経験が必要だと思います。若年で未経験者のマスターではそれは無理ですしまだ本格的な業務を始めるわけでもありませんから、王宮内の有力者や能力のある官僚との顔つなぎだけになると思います」


 なるほど、気持ちだけは高校生、実質中学卒業の学力しかない俺だ。そういった事実はアスカ以外知りはしないが、たかだか十七歳の俺に実務ができるハズなどないことは周りが良く知っているだろう。つまりは、顔つなぎの中で将来手助けしてくれそうな人を探せばいいわけだ。


 アスカの予想通りになるかはわからないが、アスカと話してだいぶ方向性が見えてきた。困ったときは俺の外部記憶装置でもあるアスカに頼ればいいってことだ。これなら何とかなる。


 馬車を降りて、俺にあてがわれた部屋に入る前にリーシュ宰相に挨拶に行こうと思って執務室の扉をノックすると、いつのも秘書の人が、


「おはようございます。リーシュ宰相がお待ちです」


 部屋に通され、もう一つ奥の部屋に案内された。


 そこに居たリーシュ宰相から、


「待っていたよ。コダマ伯爵にエンダー子爵。コダマ伯爵は秘書が伝えた通り私のところの政務官と言うことになる。これが辞令だ。エンダー子爵もついでと言っては失礼だが副政務次官ということにしておいた。これがエンダー子爵の辞令になる」


 アスカまで任官してしまった。ということは、アスカにまで俸給が出るのだろうな。


「二人には今日は秘書について王宮巡りをしてもらうことになる。各部署の責任者に会ってもらう訳だな。極力相手の名まえと顔を今回は覚えておいてくれたまえ。

 今日はそんなところかな。昼食は、リリアナ殿下とご一緒してもらうからこれも覚えておいてくれたまえ。殿下にはまだ伝えてはいないのだが、きみたちが王宮勤務になったことを知ればさぞ喜ぶだろう」


 結局アスカの予想通り、今日は顔つなぎだけらしい。さすがはアスカだ。よくこんな王宮内の事柄が分かるものだ。


  俺のいた日本の会社員は、首から下げた透明なケースにIDカードなふだを入れていて、いかにもな感じだったが、ここではIDカードなふだを首からぶら下げてくれていないので、相手が誰なのか覚えておかないと仕事ができないとは思う。電話と社内電話帳がないのでなおさらだ。俺がまともに仕事ができるようになるのはいつのことかはわからないが、幸いなことに名前だけでも伯爵さまなので邪険じゃけんにはされないだろう。中には侯爵さまとか王族につながる公爵さまとかはいるのだろうが小数だろうしアスカも一緒にいるので何とかなるだろう。


 リーシュ宰相と別れ、宰相の部下、いつもの秘書の人とは違う秘書の人に案内されて、王宮内を歩き回り、いろいろな部署の人に挨拶していく。アスカの言っていた通りどこに行っても相手は俺のことを知っているようだった。


 顔が売れている方がやはりやりやすいよな。しかし、一度にいろいろな人に挨拶して回ったが、はっきり言って誰一人として顔も名前も覚えることはできなかった。ここまで来ると、これも悪い意味での才能なのではないか。


 外部記憶装置の確認は必要だ。


「アスカ。アスカなら今まであった人を全部覚えているよな?」


「もちろんです。上司を補完するのも秘書の務めですから安心してください」


 今度はアスカは俺の秘書になったらしい。この俺が上司か。うーん、良い響きだ。今は部下がたった一人かもしれないが千人力の部下だ。これで十分やっていける。


「王宮を殲滅することなどたやすい私たちです。ここで何を言われようが気する必要などありません」


 おっしゃる通りだと思いますが、俺の肩の上には屋敷にいるみんなが乗っかているんだから殲滅なんぞできやしないぞ。


 肉体的には、全く疲れはしなかったが精神的にやや疲れてしまった。アスカの言葉を聞いた担当の人はさすがに冗談と思ったようで、軽く笑いながら、


「そろそろ昼食時ですから、食堂にご案内します」


 連れていかれた食堂は、以前は自室で食事していたリリアナ殿下が、元気になって以降食事に使っている小食堂だそうだ。内装は派手さはなく落ち着いた部屋でいかにも殿下の好みそうな部屋だ。


 案内の人と別れ食堂に入ると、リリアナ殿下が席についていた。


大叔父さまリーシュ宰相から先ほど聞きました。ショウタさんとアスカさんが王宮に勤められると聞いてびっくりしましたが、将来は私のためだと聞いて感激しました。本当にありがとうございます」


「まだ、海のものとも山のものとも分かりませんが、頑張っていきます」


「期待しています。それでは食事を始めましょう」


 殿下の後ろに立っていた給仕の人が部屋を出ていき、すぐにワゴンに並べられた料理が運ばれてきた。昼食で食べるには豪勢な料理だと思うが、初日でもあるし、殿下が元気に食事をしている前で食事するのも悪くないので、雑談を交えながら食事を楽しむことができた。結局、食後のデザートまで食べて小会食を終えた。


 殿下と一緒に食堂を出て途中の廊下で殿下と別れたところでアスカに時間を聞いたら一時半を回っていた。殿下との食事なので怒られはしないだろうが、これからもし殿下と昼食を共にするようなことがあれば、もう少し早めに切り上げた方がいいのだろう。


 午後からも午前中と同じように王宮内を巡って、その日の仕事?は終了した。


 歩き回っていただけで体は全く疲れはしなかったが、気疲きづかれでぐったりしてしまった。明日は、またあの整体術を受けてリフレッシュしようと思う。


「なあ、アスカ。だいたい王宮だとか政府だとかというところには派閥なんかがあるのが普通なんじゃないか?」


「そうですね。人が集まればグループができて派閥が自然発生すると聞いています」


「今回、あいさつ回りをしたけれど、派閥の勧誘のような物はなかったよな」


「マスターは、既にリーシュ宰相、ひいては王族、わけてもリリアナ殿下の派閥ということがはっきりしていますから無駄なことはしなかったのではないでしょうか? それに今日挨拶あいさつした人たちはおそらくリーシュ宰相の派閥の方たちだと思います」


「それはそうだよな。納得したよ。どう転んでも俺はリリアナ殿下の派閥だよな。アハハハ」


「マスターと私、二人がついているリリアナ殿下は、そういった意味では最強ですから、今後間違いなど起きないでしょう」


「さすがはリーシュ宰相だな」


「そのくらいでないと、大国の宰相は務まらないでしょう」


「俺が宰相になることはないだろうが、あの人の一部程度は真似ることができるかな?」


「マスターには私もついていますし、マスターは自分で思っている以上に才能が有りますから全く問題ありません」


「お世辞でも嬉しいよ。頑張ってみるよ」


「はい」





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