第435話 通信装置、近代化の夢


 初出仕はつしゅっしを無事に終え屋敷に帰り着くことができた。


 次の日には、整体術で身も心もリフレッシュすることができたと思う。少なくともそのつもりにはなれた。あの大きな人が俺の整体担当者なのだそうだ。受付の女性に他の整体師の人は何人くらいいるのかと聞いたところ、あと四人いて、いずれもまだ若い女性なのだそうだ。その四人については、俺のような上客の相手は技能不足で今の人が担当になったと言われた。貴族になることが必ずしも主観的好待遇であるとは限らないのだと実感した。



 週が明ければラッティーの入学式だ。俺とアスカは親代わりなので当然出席する。いい大人たちの中に混じって式に出席するのは少し緊張はするが、俺たちはラッティの晴れ姿を遠くから見ているだけでいいので、じっとしていさえすれば問題ないだろう。


 外国からの生徒、いわゆる留学生も多数受け入れている学校だし、ラッティーも一応は留学生なわけだから、留学生の保護者として恥ずかしくないような格好をしなくてはならない。


 そこで礼服などを着てみたが、どうも仰々ぎょうぎょうしすぎてしっくりこない。俺みたいな若造が礼服では変に目立ってしまうことも予想される。


 ということで、普段着の中で、見た目の良さそうなものを着ていくことにした。アスカもそんな感じで衣服を選ぶようだし、ラッティーの制服などは準備が終わっているので、入学準備は完了しているようだ。


 ラッティーの入学式についてはそんなところでいいだろう。



 今日は、マーサを連れて、魔法陣技師のベルガーさんのところに久しぶりに顔を出すことにした。


 ここのところ、ベルガーさんにもご無沙汰ぶさたしているので、以前考えてもらうように頼んでいた情報の伝達法の進捗しんちょくなどを確認しようと思う。マーサを連れていくのは、俺なんかよりよっぽど科学技術に詳しいマーサなら何かいいアイデアが出るかも知れないと思ったからだ。ベルガーさんのことと、簡単な経緯などはマーサに話しているので、頓珍漢とんちんかんなことにはならないと思う。



 マーサもあの宇宙服を着ていれば、俺たちと一緒に王都を横断して駆けていくことも可能なのだろうが、二人で高速走行するだけでも周囲に迷惑がかかっているようなので、これが三人になるとマズいと思い、今回はサージェントさんに馬車で送ってもらった。



 ベルガーさんの作業場兼住居の前で馬車を降りて、御者のサージェントさんにはそのまま屋敷に帰ってもらった。俺たちは用事が終わったら、食事ついでに歩いて帰るつもりだ。



「ベルガーさーん。ごめんくださーい、ショウタでーす」


 今回もすぐに扉が開いてベルガーさんが顔を出してくれた。


「ショウタさんにアスカさん、おはようございます。えーと、そちらの方は?」


「事情があって遠い国からこの国に辿たどり着いたものの身寄りもなかったので少し前からうちで面倒めんどうを見ているマーサといいます。いろいろな事柄に詳しいのでベルガーさんに紹介しようと思って今回連れてきました」


「マーサです。よろしくお願いします」


「どうもわざわざお越しいただき、ベルガーです。こちらこそよろしくお願いします。

 どうぞみなさん、中にお入りください」



 ベルガーさんの後について家の中に入り、いつものように台所兼食堂に通された。テーブルには椅子が四つなので、アスカがベルガーさんの隣に座った。


「今日伺ったのは、いつぞや話に出ていた、遠くに情報を知らせる魔道具の方の進捗しんちょくはどうなったかお伺いしようとやってきました」


「一応ひな形のような物は作ってみたのですが、ごらんになりますか?」


「ぜひお願いします」


 一度席についていたわれわれは、ベルガーさんの作業場の方に移動した。


 ベルガーさんは棚の上に置いてあった二つの箱を作業台の上に並べ、その後魔素用配線コード二本でその二つの箱を結んだ。


 二つの箱の上には小型の魔法陣が四つとやや大きめの魔法陣が二つ、それと四つのボタンが並んでいた。箱の側面には、魔素貯留器用のソケットがありそこに小型の魔素貯留器をベルガーさんがセットした。


「いちおうこれがひな型になります。このボタンを押すと、隣の箱の上の照明用魔法陣が光ります。こんな感じです」


 ベルガーさんが二つ目のボタンを押すと隣の箱の上の二つ目の魔法陣が光った。


「隣の箱でもこちらの箱に向かって同じことができます」


 隣りの箱のボタンを押して、こちらの箱の対応する魔法陣が光った。


「いま、四つの照明用魔法陣が並んでいますので、その光る並びの順で十五種類の符丁ふちょうを送ることができます。照明用魔法陣をもう一つ増やせば三十一種類の符丁が送れます。

 一本の配線コードで四個のボタンを区別するよう工夫しました。

 ごく短い時間をさらに四等分して、それぞれを四つのボタンに対応させて、ボタンが押された場所は魔素が送られ、押されていない場所は魔素無しで魔素を隣の箱に送っています。

 魔素を受けた方は、その魔素の順番に対応した照明が光るようになっています。今明かりはついているように見えますが、実際は最初に考えた短い時間で断続的に明かりが点いています。本当は配線コードが一本で実現できればよかったのですが、そこまではできませんでした」



 まさに二進法。片側だけかもしれないが情報伝達が一本の信号線で可能になっている。ここまでたどり着いていたのか。すごいものだ。


「これはひな形ですぐ隣に装置を置いているため問題はありませんが、装置の間の距離が遠くなると問題が出ます。

 一番の問題は、配線コードが高価なことが挙げられます。配線コードはミスリルを少量含んだ銀と銅の合金でできていますが、これが相当高価なものになります。それに、配線コードを長くするとおそらく途中での魔素のロスが大きくなると思います。ミスリルと銀の量を増やすとロスを少なくすることができると思いますがさらにコードは高価なものになります。また、コード自体に強度があまりありませんので、露天下、単純に架線かせんすると簡単に断線すると思います。ということですので、実用化にはまだ工夫くふうが必要です」


「なるほど分かりました。単価と強度の問題ですね。

 配線コードを何か安価で強度のあるもので被覆ひふくすることができれば強度についてはクリアできそうです。配線コードをどこまで細くして、長さ当たりの単価を下げることができるかというところでしょうか。それでも、ミスリルも銀も銅もかなりの量が用意できると思いますからそこまで大変な問題ではなさそうですね。

 マーサ、どうだい?」


「コードの被覆については、ソルネ4が稼働すれば人工樹脂皮膜は簡単に作れますので、問題ないでしょう。ミスリルという金属については私の知識にはありませんが、合金を作って線材にするというのならそれも簡単に加工可能です」


「あのう、ソルネ4というのは?」


「マーサがこの国にたどり着いたときに乗っていた大きな船なんですが、壊れているうえに大きすぎてそこらに出しておくわけにはいかないので、いま私が収納庫の中に保管しています」


「大きすぎる船を収納庫のなか?」


「たくさん入る収納庫を持っている関係でそういったこともできます」


「いつも、すごい容量だとは思っていましたが、想像以上というか、信じられないほどの容量なんですね」


「そういったところです。それで、その船の中には工房のようなものがあって、人がいなくても勝手にいろいろなものを作り出すことができるそうなんです」


「そんなことが」


「はい。船には材料となるものげんそを供給してやるだけで文字通りあらゆるものを作り出すことができる機械が置いてあります」


「遠い外国には、すごい魔導具があるんですね。ここアデレート王国はそういった分野でも進んだ国だと思っていましたが、そうではなかったのですね」


 ちょっとベルガーさんが悲しそうな顔をした。


「いえ、マーサの国では、魔法がない関係で、今言った機械も魔導具ではなく本当の意味での機械なんです」


「機械? 魔道具ではなく」


「はい。機械なんです。先ほど見せていただいた照明魔法陣と同じような働きをする機械もあります。それには魔素ではなく電気というものを使っています」


「電気?」


「雷のようなものをコントロールして使っています」


「電気。電撃ではなく電気。コントロールされた雷。凄いです。私にもその電気が使えるようになるでしょうか?」


「少し数学的な知識は必要かもしれませんが、物の性質を利用するだけですからそれほど難しいものではないと思います」


「ぜひ私に、その電気というものを教えていただきませんか?」


「マーサ、俺からも頼むよ」


「もちろん構いません。私も専門家ではありませんが、そういった関係の教科書などもありますから、この国の言葉に翻訳ほんやくすればいいだけですので簡単に利用できるとおもいます」


 電気技術の導入か。凄いな。魔石一辺倒のエネルギー事情が改善されるだろうし、一気に近代化が進む可能性もある。社会レベルの底上げがないと一気は無理かもしれないが、将来的には技術学校なんかを作って技術者を養成していけば、明治維新後の日本のような近代化も夢じゃないのか。


 ベルガーさんとマーサと二人で楽しそうに話をしているので、


「ベルガーさん、われわれはこれからどこかで昼食をとってから屋敷に帰るつもりなんですが、ご一緒しませんか?」


「よろしいんですか?」


「もちろんです。

 アスカ、ここからそんなに遠くないところで、良さそうな店はあるかな?」


「はい、問題ありません。個室の取れるお店がありますのでそのお店にしましょう」


 ということで、四人で昼食をとることになった。




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