第436話 孤児奴隷解放


 ベルガーさんの屋敷からそれほど遠くない食堂で四人で昼食をいただいた。


 個室の中で食事をしながら、マーサによるベルガーさんへの授業について話し合ったところ、授業は教科書を揃える関係で、来週中ごろからということになった。授業の場所はうちの屋敷の会議室ということになり、ベルガーさんは午前中魔法陣技師の仕事を終えた後、午後から乗合馬車で通ってくることになった。帰りはうちの馬車で送ることにしている。


 昼食を終えたあと、店の前でわれわれはベルガーさんと別れた。


 もちろん俺がベルガーさんの分も払っている。そのことで非常に恐縮されたが、あまり恐縮されるのもなんだか困るような気がする。だからといって貴族の俺が誘った食事の代金を払わないわけにもいかないのでこれについてはどうしようもない。



 マーサが、授業のための資料などの準備をしたいというので、翌日われわれ三人であの小島に『スカイ・レイ』で飛んだ。


 ソルネ4を収納庫から島の中央部に横たえて、マーサが船内に入り教科書的な資料を自分の携帯端末、あのカード型の通信装置にダウンロードしたそうだ。


 ついでにマーサはそれなりの大きさの板を宇宙船から持ち出してきた。重くはないのだろうが大きかったので俺が収納しておいた。その板はディスプレイで、マーサの携帯端末で操作できるそうだ。この国の言語などはマーサの携帯端末も十分学習しているそうで、ほぼ全ての事柄をマーサの国の言葉からこの国の言葉に訳すことができるそうだ。この国にない固有名詞などは、日本語で言う外来語的に発音だけ同じにしていくことで対応するらしい。


 ディスプレイがあるので教科書を印刷しなくてもいいが、将来的にはそういったものは印刷しておきたい。


 用事が終わったので、ソルネ4は収納して、屋敷に戻った。



 屋敷に帰って、居間で一休みしながら、


「マーサ、ベルガーさんに講義するんだったら、少しずつ基礎的なことから始めるんだろうし、せっかくだから、生徒がある程度いても手間はそんなにかからないんじゃないか?」


「教材が現状足りませんが、数名程度なら生徒を増やしても問題ないと思います。科学、特に物理学には、いずれにせよ数学の知識は必要ですので、特別な教材がなくても進めることができる数学を中心に講義をしていけばいいかと思います」


「今うちで、暇にしているのは、ラッティーとシャーリーだけど、来週には学校が始まるしな」


「マスター、ラッティーがいずれ国元くにもとに帰るとき、ある程度信頼できる官僚団的なものを引き連れて帰ればよくないですか?」


子飼こがいの家臣かしんは居た方がいいと思うけれど、既存の官僚団との摩擦まさつが起きないか?」


「そういった危惧きぐはありますが、新しい合理的な手法などを知る人材は貴重ではないでしょうか」


「ラッティーなら、あの国で産業も起こしたいだろうし、技術官僚がいれば有用だろうな。セントラル大学付属校の中には、シャーリーの文官養成部の付属校の他に、技術部の付属校も有ったろ? そこらの卒業生をスカウトする方が良くないか?」


「おそらく、そういった卒業生は就職先がほぼ決まっているでしょうから、アトレアの技術官僚としてのスカウトは相当好待遇でも厳しくなると思います。アトレアの財政状態もそこまで良好ではないでしょうからいずれにせよ難しいでしょう」


「この国の官僚になれるのなら、それをってまで小国のアトレアに行くとは思えないものな。うーん、それだったら、頭の良さそうな孤児奴隷を紹介してもらって、ラッティーみたいに受験勉強をここでして、付属校に通わせたらどうだ? 将来的にラッティーにつけてアトレアにやってもいいだろう」


「それも一つの手ですね。学校の他にここで、高度なことも教えていけばいいわけですから」


「まあ、ラッティーがセントラル大学を卒業するにはまだ七年もあるからそんなに急がなくてもいいから追々考えよう」




 そんな話をしていたら、家令のハウゼンさんが手紙をトレイに乗せて持ってきてくれた。


「ショウタさま、お手紙が来ております」


 手紙を開けてみると、奴隷商のハットン商会本店のハットンさんからだった。


 内容は、ハットン商会本店からうちに来た孤児奴隷たちを解放しないかというものだった。成人前であっても自力での生活能力が認められた以上孤児奴隷として社会で見守る必要がなくなったということらしい。それと同時に、キルンのハットン商会で購入したシャーリーも付属校に通っていることで十分生活能力があると判断されて開放可能だということだった。


 奴隷個々人ここじんで異なる術式で彫りこまれた奴隷紋を消すためには、彫り込んだ時の固有のパスワードのようなものが必要なのだそうだが、キルンのハットン商会からそのパスワードに相当するものを報せてもらったそうで、ここ王都のハットン商会本店でもシャーリーの奴隷紋を消すことがいつでも可能だということだった。



 うちにいる孤児奴隷は、シャーリー、四人娘、マリアの六人だ。


 最初、このことを話したら、シャーリーは付属校を卒業するまで奴隷紋はこのままにしておきたいといっていたが、せっかくハットン商会で便宜べんぎを図ってもらったのだからといって、納得させた。



 ということで、手紙をもらった翌日、俺も仕事のない日だったし、四人娘も全員フライトの無い日だったので、その六人を連れてハットン商会本店に出向いていった。


 全員で広めの部屋に通された後、奴隷紋を消す作業をするといって六人が別室に入っていった。


 六人が席を外したので、ハットンさんに、


「特に急いでいる話ではないんですが、ハットンさんのところに勉学に意欲のある子はいませんか? ある程度うちで受験勉強をさせた後、セントラル大学の付属校に入れて、将来ある国の官僚にすることを考えています」


「ほう、それはまた遠大なご計画ですね。幾人いくにんほどお考えですか?」


「アスカ、どの程度の人数を考えている?」


「四人から六人ほどでいいんじゃないでしょうか? 部屋は屋根裏部屋も使えますから大丈夫でしょう。それに優秀な子なら、シャーリーが中心になるにせよ将来のコダマ伯爵家の仕事を任せることもできますから」


「そう言えばそうだったな。うちのことが今まで抜けていた」


「では、最大六名ということで、奴隷商仲間にも声をかけて探させていただきます。時間は少しかかりますが、おそらく大丈夫でしょう」


「よろしくお願いします」



 そういった話をしていたら、しばらくして六人が戻ってきた。


 もちろんみんな左手の奴隷紋は最初に言われてた通りあとも残らずきれいに消えていた。長年見続けた奴隷紋なのだろうが、それが左手から消えて彼女たちがどういった思いをしているのかは分からないが、なんとか六人を引き取った俺の義務が半分は果たせたような気になった。


「ハットンさん、ありがとうございました」


「いえいえ、ショウタさまに買っていただいた五人のことはこちらでもいつも気にかけていましたし、キルンにいる弟もシャーリーさんのことは気にかけていましたから当然のことです。これで、シャーリーさん以下六名が孤児奴隷ではなくなりました。国への報告などはこちらで行っておきます。ご安心ください。

 また他に何かございましたら、当店にお申し付けください」


「はい、よろしくお願いします」


 こうして、うちにいた孤児奴隷全員が無事解放された。



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