第440話 マーサ、授業開始


 ラッティーの入学式も終わり、翌日からシャーリーと二人そろって馬車で通学するようになった。ラッティーは入学式の翌日から、午後の授業があるそうで、シャーリーともども弁当持参だ。学生生活は始まったばかりだし、これまで同年代の友達がいなかったラッティーが同級生の友達をたくさん作ってくれれば、将来の人脈にもなるだろうなどと思ってみたりしている。


 俺自身人脈という言葉は知っているが、それが具体的にどういった意味合いがあるのかはあまり分かってはいない。


 ラッティーを人生の線路の上に無事乗っけることができたので、俺の方も肩の荷が半分は下りたようなものだ。



 今日の午後からは、ベルガーさんがうちにやって来て、マーサの授業を受け始めることになっている。


 授業場所はダンスの練習なんかに使っている広い方の応接室だ。今は長机を並べて会議室風にしている。



 午後、乗合馬車でやってくるベルガーさんがうちが分からないといけないので、迎えに俺とアスカとマーサの三人で馬車の停車場で待っていたら、そんなに待たされることもなく、ベルガーさんが乗合馬車から下りて来た。


「わざわざ、迎えに来ていただいて恐縮です」


「ベルガーさんは初めてでしょうから当然です。あそこの高い木が建っている先がうちになります」


「また、随分大きな木ですね。あれ? 何かが、……」


「グリフォンを二羽飼っているんです」


「グリフォン?」


「グリフォンです。ヒナから育てているので、よくなついて可愛いですよ。授業の前にちょっと見てみます?」


「ちょっと、それは遠慮しておきます」


「そうですか。可愛いんですけどね」


「ええ、そのうち。そのうちで結構ですから」


 ベルガーさんは動物が苦手らしい。さすがに、シローくらいなら大丈夫と思うがどうだろう?


 屋敷に着いて、玄関ホールに入り、今度は巨大置時計にベルガーさんが驚いたようだ。しばらくその前で貼りついていたベルガーさんだが、すぐに再起動してくれた。


 応接室に案内して、アスカは居間の方に引っ込んだ。


 俺はしばらく会議室に残って最初のあたりだけ授業の様子を見ることにした。



 マーサの用意した板型ディスプレイは長机の上にセットし、その斜め後ろにマーサが腰を掛け、その対面にベルガーさんが座っている。


 まずは、これからの授業で使う板型ディスプレイにベルガーさんが慣れるよう、マーサは適当なものを表示させていた。


 ディスプレイの上に文字が現れて、それが流れていったり、図や写真がでたりしたのを見て、ベルガーさんがたまげてしまい、ディスプレイの前で動かなくなってしまった。


「こんな精巧せいこうな魔道具は見たことはありません!」


「魔道具というものではなく、これから学んでいく科学というもので作られたものです。これを人の手で直接作ることはできませんが、この原理などはそのうち理解できるようになると思います」


「よろしくお願いします」


「今日は初日ですので、科学といったものについての説明から始めましょう。この国にも暦があり天文学もあり時計もあります。そういったものはいわゆる魔術、魔法ではなく科学が基礎となっています。この科学が発達していくと、このディスプレイのような物まで作ることができるようになります。……」


 実際、魔術、魔法のある世界でよくここまで科学的なものが発達していると感心するよ。

 だいたい、片方が発達すれば、もう片方でできることをより簡単に代替できてしまって片側の発達が阻害そがいされると思うが、そうなっていないのは、これまで何度か勇者召喚をしていた関係かもしれない。

 勇者じゃなくても、俺みたいに巻き込まれて召喚された者がいたかもしれない。その人物が技術者や科学者だったら自分の能力を使ってこの世界を住みよいように変えていこうとするものな。


 授業の方は俺が居座いすわっていては邪魔になるだろうから、静かに部屋を出て、アスカのいる居間にいった。


「マーサとベルガーさんはどうでした?」


「良い感じでスタートしたようだ。魔法陣や魔法も俺からすれば超技術だから、ベルガーさんから見れば、マーサの超技術も詳しいことは分からなくとも概念は理解できるんじゃないか?」


「私はそういったことは知識としてしか理解できませんので羨ましいところもあります」


「アスカはうらやましいとかいうけれど、俺なんかは知識すらないんだから、羨ましいを越えてるぞ。俺のこれからは、できる人を見守ること。あとは、今度やってくる孤児奴隷たちが立派に育って、こういったことが理解できる人になることを手助けするだけだな。それが、本人たちや俺のためだけじゃなく、世の中の人のためになればそれに越したことはないからな」


「マスターは、何のかんのといっていますが、働き者ですよね」


「それだけはない。自分の義務はもちろん果たすつもりだが、それ以外は成り行き次第だ。できないことは努力も何もしないしな。

 そうだ、今度孤児奴隷の子供たちがうちに来たら、アスカも先生になるんだろ?」


「子供たちの面倒は午前中は私が見て、午後からはベルガーさんと一緒にマーサに見てもらおうかと思っています。私の方は付属校入試を念頭に教えていくつもりです。まだ、次の入試まで一年近くありますから全員合格させるつもりです」


「ラッティーでうまくいったから、受験の方はうまくいきそうだよな。

 マーサの授業の方はあくまでベルガーさんに合わせてもらえばいいからな。今度の孤児奴隷について言えば、科学の世界があるんだということを知るだけで十分だろう」


「ラッティーの受験に関しては、本人に素質があった上、そうとうな意欲を持って努力したところもありましたから簡単でした。今度来る子供たちにあれくらいの意欲があるようなら少々素質が劣っていたとしても何とかして見せます」


「頼もしいが、あんまり子供たちに負担をかけないようにな。勉強ができなくても他にできることがあれば、それはそれでいいんだから」


「相変わらず、マスターは優しいですね。その辺りは心得ていますから安心してください」


「もちろん俺はアスカを信じてるから」



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