第431話 決勝、大会終了


 初めての体験にはドキドキがつきものなのだろうが、不思議とそういった感覚は無かった。ただ、周りから生暖かい目で見られているような気がしたが、きっとそれは俺が意識しすぎたせいだろう。


 そうやって、気持ちよく体を横にしていたのだが、同じ方向を向いていたので次第に体がこわばってきた。


「席を代わりましょう」


 アスカと席を代わったのでちゃんと反対側の体も伸びてこわばった体も柔らかくなった。気持ちよくなって何だか眠くなってしまったが、ここで眠ってしまうと、体を目覚めさせるのに時間がかかってしまうので、寝てはいけない。寝てはいけない。……。



「マスター、そろそろ控室ひかえしつに行った方がいい時間です」


 知らぬ間に寝ていたらしい。体が寝起きでだるくなっているかと思ったがそんなこともなく元気いっぱいな気がする。


「アスカ、ありがとう。それじゃあ行ってくる」


「頑張ってください」


「ショウタさん頑張って」「優勝してきてくださいね」


 うちの連中だけでなく、ペラたち冒険者学校から来てくれた連中や、階段席にいた他の人たちからも声援を受けて控室に向かった。



 控室の中で、フーを装着し、木の棒を軽く振り回して徐々に気持ちと体を戦闘態勢に持っていく。


 よし!


 軽い運動をしていたら、係の人がやって来た。


 その人について観客の歓声聞きながら試合場に入り、開始線の後ろに立つ。


 向かい合った先の相手選手もこっちを見ていた。


 真ん中に立っていた主審が後ろの方に下がったので、選手同士軽く礼をして、互いに武器を構えた。会場が一瞬静まったところで主審の声。


「それでは、王国陛下主催、武術大会決勝戦を始めます。始め!」


 先ほどの俺の試合を観ていたであろう相手選手はやや腰を落としてその場を動かず双剣を構えて守りの体勢でじっとしている。


 そこに向かって俺は駆けるではないがやや速足はやあしで接近する。


 俺が相手を間合いに捉えたと思った瞬間相手選手が俺の懐に入ろうと一歩前に出てきた。


 棒はどこを持っても良いので相手に向ける方を短くしても良い。ということで、棒を後ろに滑らせ、握りを前にずらして、前方を短くした棒で、近づいてきた相手選手を普通に突いてやった。


 相手剣士は攻撃に入ろうとしていた双剣をとっさに十字にして俺の突きを受けようとしたが、俺の突きが想像以上に速かったようで守りは間に合わず、自分が前に出る勢いも加わり、俺の良い突きをカウンター気味に胸元に受けてしまった。


「それまで!」


 あれ、あれれ? 今回もか。


 今回は決勝戦。かなり入念に体をほぐし気持ちも落ち着かせ試合に臨んだのだが、相手選手のほぼ自爆で幕を閉じてしまった。


 今の一撃で尻餅をついた相手選手は自力では起き上がれず、そのまま担架で運ばれて行った。勝ったのだが、いろいろ考えていたことが無駄になったような複雑な気持ちだ。


「勝者、コダマ選手。

 これより、国王陛下の名代みょうだいとして、リリアナ殿下より褒賞ほうしょう授与とお言葉があります。コダマ選手は、ヘルメットをとって、貴賓席の前の褒賞台の上におあがりください。


 知らぬ間に貴賓席きひんせきの前に高さ三十センチほどの褒賞台ほうしょうだいが置かれていた。今リリアナ殿下が貴賓席から直接会場に出て、褒賞台の上に上がったところだ。


 俺はこれまで使っていた木の棒を主審に渡し、ヘルメットを取って小脇に抱え、急いで褒賞台の上に上がり、リリアナ殿下の前に立った。


 リリアナ殿下が小声で、


『ショウタさん、おめでとう』


 そのあと、


「ショウタ・コダマ、武術大会での貴殿の優勝をたたえ、褒賞として、メダルと金一封、並びに王国騎士団への入団の権利を与える」


 殿下が横に立つ侍女の人から、メダルを受け取ったので、メダルを俺にかけてくれるのだと思い頭を下げておいた。もし勘違いだったら赤面ものだが、ちゃんとリボンのついたメダルを首にかけてもらえた。


 そこで会場から拍手と歓声が沸き起こり、その後布袋に入った金一封をヘルメットを脇に抱えたまま両手でいただいた。


 それでまた拍手と大歓声。一礼して一歩下がったところで、殿下が小声で、


『ここのところ王宮にいらっしゃらないので、近いうちにまた遊びに来てくださいね』


 そう言われた。殿下の都合の悪い日もあるだろうからここで確認してしまおう。


『それでは、殿下のご都合のよろしい日にお伺いします』


『明日の午後でしたらちょうどいています。というか勉強時間ですが、ショウタさんがいらっしゃるなら休めます』


『それでは、アスカともども明日の午後お伺いします』


『お待ちしています』



 最後に殿下がまっすぐ前を向いて真面目な顔をししたので、俺は殿下に一礼した。これで式は終了したようだ。



 そのあと係の人に案内されて簡易の事務室のようなところに案内された。


 そこで、騎士団への入団の意思について聞かれたが、もちろん断った。


 騎士として騎士団に採用されるということは、いきなり国家公務員の管理職になるようなものなので大変なことらしいが、先方も俺が辞退することは予想はしていたと思う。


 一応これで俺にとっての武術大会は終了した。



 せっかくフーを着ているので、最後は観客にこの鎧姿を近くで見せたてやろうと思い収納はせず、ヘルメットを抱えたまま、アスカたちの待つ観客席に向かった。


 俺が近くを通ると階段席から通路に下りてきた観客たちが大騒ぎで鎧のあちこちを触ってくる。そういったところは、大相撲やプロレスと一緒のようだ。やっていることも似たようなものなので観客も似てくるのだろう。歓声の中をそういった感じで歩いていたのだが不思議と不快ではなかった。


 みんなのもとに戻ると、今度は、


「マスター、おめでとうございます」「ショウタさん、おめでとうございます」「ショウタさん優勝ありがとうございます」「貯金がこれで増えました」「ヤッター!」


 そして、最後に「でしょ」


 みんなの貯金がなくならずによかったよ。万が一負けてしまっていたら損失補填ほてんはしなくちゃと思っていたからほんとに良かった。



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