第428話 武術大会13、準々決勝


 嫌な思いをしたのは事実だったが、なんとなく肩の辺りが軽くなったような気もする。やはり心のどこかで何かを感じていてそれがなくなったのだろう。


 なんとなく逃げ帰るようにみんなのいる階段席に戻ったら、フレデリカ姉さんがアスカの隣の俺の席に座って試合場に向かって声援を上げていた。


「あらショウタ、帰って来たのね。それじゃあ私は自分の席に行くわ。

 アスカちゃんたちそのうちまたね」


 そう言ってどこにあるのかは分からないが自分の席に行くといってフレデリカ姉さんが歩いていった。



「マスター、何かありましたか?」


「うん。ここの裏側には食べ物屋なんかの屋台が出てた。それと、本物の聖女と賢者の二人にばったり会ってしまった」


「そうでしたか」


「なんだか、自分たちのしたことを謝ってきたんで、『そう』とだけ言っておいた。度量の小さい男だと思われただろうが、どうでもいいものな」


「マスターには私たちがいますから気にする必要はないでしょう。少し早いですが昼食にしましょうか?」


「さっき屋台で軽く食べたけど、試合があるわけでもないからもう弁当にするか」


「はい」



 俺が預かっている弁当をみんなに配り終えたところで、みんなで食事を始めた。さすがにここではみんな揃っての『いただきます』はしていない。


 今度は、試合そっちのけで弁当のサンドイッチをみんなは頬張ほおばている。みんなにとっては試合見物も物見遊山ものみゆさんだから当たり前か。


 物見遊山といえば花見か。そのうち、うちの敷地の南の草原くさはらの周りの柵沿いにでも桜の木でも植えてみるか。十年もすれば春には花見ができるだろう。サクランボのような果物くだものを見たことがあるし、リンゴや桃もあるようだから桜も探せば見つかりそうだ。



 その日は、試合以外にいろいろあったが、昼食後少し試合を観てからみんなで屋敷に帰った。もちろん途中で適当な店を見つけてお茶などをしている。




 そして、翌日。武術大会最終日。


 順当にいけば、準々決勝、準決勝、決勝の三試合に出場することになる。おそらく準決勝は午前の最終あたり、決勝はある程度準決勝から時間を置いて、午後二時すぎあたりになるということだった。


 今日きょう最初の試合に俺は出場するので、昨日同様早目に屋敷を出て試合会場に向かった。



 会場への道すがら、アスカから今日の最初の対戦相手について聞いておく。


「マスター、最初の相手は槍と盾の戦士タイプです」


「俺と同じくらいの間合いの相手をするのは初めてだな」


「そうかもしれませんが、マスターが相手の攻撃を受けるとは思えませんから、いずれにせよパーフェクト勝利だと思います」



 はげまされているのはわかってはいるが、アスカにそういうふうに言われると確かに安心する。


 会場に到着して、みんなはいつもの席に向かい、俺だけ控室の方にまわった。


 控室でフーを装着して、前回と同じ棒を選び、軽く振り回してみて棒に異常のないことを確かめたあと、席について試合場に呼ばれるのを待っていることにした。


 次の試合の選手はまだやってこなかったが、係りの人がやって来たので、その人について試合場に向かった。今日の試合場は今までと違って、会場の真ん中に新しく30メートル四方の試合場が作られていた。そこで、順次決勝までの試合を行うそうだ。


 観客席からの拍手や歓声を聞きながら試合場に入ると、既に試合場に入っていた相手選手と相対あいたいした。


 あれ?


 相手選手はアスカの言っていたとおり短めの槍と、盾を装備した人物だったが、俺にとってはマズいことに、女性だった。


 その女性選手の防具は、革のヘルメットに革の手袋に革のブーツ。上半身は硬そうな革の鎧で下半身は柔らかそうな革のズボンに厚手の革を短冊状に垂らしてスカートのように巻いていた。上から下までエンジ色に統一されている。


 女性ながら準々決勝まで進んできた選手なのでゴツイ体格かと言えばそうでもない。スピードと技で勝ち上がってきたのだろうと思う。


 そういったことは、俺にとって大きな問題にはならないのだが、俺が棒を相手選手にためらいなく振るうことができるかが問題だ。まず無理だな。


 そんなことを考えていたら、試合開始らしく、審判たちがそれぞれの位置に着いたので、お互いに一礼して武器を構えた。


「始め!」


 主審の合図で、一歩一歩お互い前に出る。


 アスカといつも訓練していた時はなんら気にかけずに棒を突き出せたが、それは絶対に当たらないという安心感があったからに違いない。


 今回のように俺が突き出したり叩いたりして相手の女性選手がケガでもしたらと思うとちょっとためらいが出てしまう。


 とはいえ、勝ちに行くのは当然なので何とか打開策をる必要がある。



 こうして、近寄ってみると、ヘルメットから覗く顔は結構美人だ。顔で相手をどうのというのは失礼だが、さらにやりにくくなってしまった。


 そうだ! 相手の槍を壊してしまえば、昨日のように降参してくれるんじゃないか。よーし、武器破壊だ。これでいこう。これならためらいなく攻撃できる。


 そんなことを考えていたら、相手選手が素早い突きを放ってきた。反応が遅れたが、途中で急カーブを描くファイヤーボールくんや高速のエアカッターくんに比べればそれほどでもないので、棒で逸らすのではなく、軽く横ステップでかわしてやった。


 金属製に見える全身鎧を着た俺がこれほど素早く動けるとは思っていなかっただろう。


 少し立ち位置が横方向がズレたので、手に持った棒を斜めから軽く相手の槍の中ほど目がけて突き出してやったら、うまく命中して、かなり相手の槍にダメージが入ったように思える。


 実は、今の攻撃は相手の革手袋こてを狙っていても確実にヒットしていたと思う。相手選手が今の俺の攻撃を見て何を思ったのかはわからないが、俺の突きと自分の突きの速度差は理解したと思う。


 位置取りがややズレてしまったため、相手選手がこちらに向き直りながらフェイント気味に俺の足元を払ってきた。その払いを最小限のジャンプでかわし、空中から革手袋こてをワザと外し、軽く相手の槍の根元に棒の先を当ててやった。


 だいぶこちらの挑発のような攻撃が効いてきたようで、相手選手の顔が赤くなって、気合を入れた突きを繰り出してきた。相手選手の重心はすわったままなので、決めるための突きではなく連撃のつもりの初撃なのだろう。


 繰り出された槍の穂先に対して、俺は余裕をもって棒の先端を当ててやった。棒を傷めないように、棒の軸と相手の槍の力の向きがズレないように微妙な調整もすることができた。アスカの反射神経訓練の賜物たまものだ。


 そして、次の突きも、その次の突きも。五度ほど相手の穂先を棒の先端で受け止めてやったところで、相手選手が、


「参った」


 少し相手をめたような勝ち方になってしまった。相手を傷つけるよりいいと俺の自己満足のため相手選手に嫌な思いをさせたようだ。許してくれとは言わないが、諦めてくれ。



 開始線に戻ってお互いに礼をして、頭を上げた時に相手選手の顔が目に入ったが、涙を流していた。






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