第424話 武術大会11、三、四回戦1


 フーをどこかに吸収してしまった。脱衣場で裸になって体を見回したがどこも異常はない。吸収した先は収納庫ではないので考えられるのは俺の体の中? あり得ないが、ありうるかもしれない。今のところどこにも異常が見当たらないからいいか。



 掛け湯をして湯舟に入り、


「ふー」と息を吹き出す。フーではない。


 今日の試合はどうってことはなかったが、試合のことよりフーのことの方が気になってしまう。


 フーの名前はナイト・ストーカーだったのか。最初ブレトのお城で夜の夜中さ迷ってたもんなー。


 おそらくヨシュアとマリアが新たに信者になって、信者の数がちょうど十。それで活性化して特殊機能が復活してしまった。そう考えるとしっくりする。



 俺が湯舟につかっていたら、隣の女風呂にアスカが入って来たようだ。


「アスカ、フーだけどどうしようか?」


『今さらかもしれませんがマスターが普段着で試合に出ていると悪目立ちわるめだちするようですので、明日の試合ではフーを着て試合にのぞんではいかがですか? それに、全身鎧を身につけるにはかなり大変な作業を要すると思いますが、フーの装着は一瞬です。これはかなりすごいことではないでしょうか』


「それもそうだな。いままで動きが悪くなるのが嫌で防具は身に着けていなかったけれど、フーを着てもそんな感じが全然しなかったし、着るのも一瞬だものな。試しにガントレットこてを着けたまま棒を持って見て、極端な違和感さえなければそれでいこう。ダメでもガントレットこてを外せばいいだけだものな」


 よし、明日の試合には黒い全身鎧で登場して、観衆をアッと言わせてやろう。フフフフ。やる気が出てきたぞ。




 風呂から上がって、寝るまで用の普段着で椅子に座っていたら、食事の時間になったようだ。


 食堂に入って指定席に座って、全員が揃ったところで、


「いただきます」


 食べながら、宣教師ラッティーに向かって、


「あのな、ラッティー」


「はい?」


「実はフーなんだけどな、どうも俺の中に入っちゃったみたいなんだ」


「……?」


「フーが見えなくなったんだけど、見えるようにすると俺がフーを着てるんだよ」


「……?」


 周りのみんなも俺の言っていることが理解できないようでラッティーと同じ顔をして俺の方を見てる。


 仕方ないので、椅子から立ち上がって、みんなの邪魔にならないところに立って、


「こんな具合にな。ソウチャク」


 一瞬で俺は真っ黒い全身鎧をまとっていた。


「……!」


 今度はみんな口アングリになってしまった。


「シュウノウ」


 フーが消えて普段着に戻って席につき、


「ラッティー、こんな感じだ。いまフーは俺の収納庫の中にはみあたらないので、おそらく俺の体の中に入っていると言ったんだよ」


「すごい。ショウタさんはフーと合体したんだ!」


 いやいや、合体とか変なことを言わないでくれよ。


「それで、折角だから明日の試合はフーを着て出ようと思ってるんだ」


「それじゃあ、ますますショウタさんが強くなって相手選手が気の毒になっちゃうね」


「言うほど簡単に勝てればいいけどな」


「ショウタさんが負けるわけないんだから、ショウタさんの勝ち負けなんて最初から誰も気にしてないよ。みんなで一緒に応援するのが楽しいの」


 まあ、みんなの応援を無駄にするつもりはないから見ててくれ。



 食事が終わったところで、少し間を挟み、玄関ホールは天井の高いのでそこに一人でやって来て、


「ソウチャク!」


 フーを着たうえで八角棒を取り出して、握りを確かめながらすこし振ったり突いたりしてみた。不思議と違和感なく八角棒をあやつるることができた。これなら明日ガントレットこてをつけたままでも問題なさそうだ。




 みんなは最初から俺が優勝すると決め込んでいるようなのだが、強い期待を一身に背負っているのとはちょっと違う雰囲気ふんいきの中、武術大会二日目。


 今日は午前中に三回戦と午後から四回戦が行われる。


 俺の試合は今日の最初の試合だそうで、試合場に着いたらみんなは昨日と同じ座席に向かい、俺だけそのまま控室に向かった。


 控室では、俺しかいなかったのですぐに、


「ソウチャク」


 真っ黒なフーを着て、壁際に並べてあった武器の中から昨日と同じ棒があったのでそれを手にとって軽く振り回してみる。違和感はない。


 しばらくそんな感じで棒をなじませていたら、次の選手が入って来た。その選手は、一度全身金属鎧の俺の方を凝視したあと、空いた席に座った。


 そろそろかなと思っていたら、係りの人がやって来たので、その人について試合場に入っていった。もちろん係りの人も最初は俺を見て驚いていた。これは、試合まで、ヘルメットは脱いでいた方が良さそうだと思ったので、途中ヘルメットを外して小脇に抱えて試合場に入って行った。


 俺の姿はいつもふざけたような私服姿であることは観客はみんな承知しているようで、どう見ても普通に見えない金属鎧を着ている俺をみて、観客がどよめいていることが分かった。


 俺が負ける方に賭けている観客もそれなりにいるのだろうが、これまで見た目弱っちかった俺が見た目も強そうになったものだから、ちょっと賭けに負けそうな気持が強くなったかもしれないな。


 入場が終わった俺はすぐにわきに抱えていたヘルメットを着けて、既に開始線の後ろに立っていた相手選手を観察する。


 向かいに立つローブ姿は、名前は覚えていないが、昨日の魔術師だ。昨日の時点で今日の俺の相手は分かっていたはずだが全くチェックすることを失念していた。それでも昨日の試合内容を覚えている相手でよかった。


 相手選手は結構場数を踏んだ魔術師のようだったから、気を引き締めなくてはいけない。魔術の揺らぎでも、仕掛けられた魔術的な罠は見破れるとは思うがよく考えたらミニマップで罠全般が確認できるはずなのであまり脅威にはならないと思う。昨日のファイヤーアローのスピードならかなり近づいても今の俺ならかわせるはずだ。


 試合がまもなく始まるようで主審と副審二人が所定の位置についた。俺も相手選手もたがいに軽く礼をした後、俺は両手に棒を構えたが、相手選手は武器は持っていないので特に構えはないようだ。


 間を置かず主審が、


「始め!」


 試合が始まった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る