第417話 キキョウでの昼食

[まえがき]

2021年2月14日

今日はくしくもバレンタインデーでした。今回狙って書いたわけではありません。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ベレットさんが右手をヒナにかざして呪文のようなものを唱えたら、ヒナの体が薄く青く光った。


「うまくテイムできました。このレベルのモンスターは成体せいたいでは私のスキルレベルではテイムできませんが、生まれたばかりのヒナでしたから成功しました。ありがとうございます」


 すごくうれしそうな顔をしたベレットさんにお礼を言われた。


 テイムするということは、愛情を注ぐということなのだろう。俺から見てあまりかわいいとは思えないワイバーンのヒナだが、ベレットさんから見ればすごくかわいい生き物のようだ。


「今日はいい物を見せていただきました。それで、ベレットさん、何か我々でヒナのためにできるようなことはありませんか? 魔石なんかはまだまだたくさんありますから、おっしゃってください」


「いえいえ、とんでもありません。ですが、このワイバーンのヒナですが、こんなにかわいいときっとお客さまが欲しいと言うと思うんですが、売り物にしてもよろしいんでしょうか?」


「もちろんです。そのヒナはベレットさんにお譲りしたものですし、実はまだワイバーンの卵は30個近く持っているんですよ。わたしではテイムできませんから、いくらでもお譲りしますよ」


「この子がもしも売れるようでしたらお願いします」


「わかりました。そのときは連絡ください」


「はい!」


「それじゃあ、われわれは失礼します」


 そう言って俺とアスカは店を後にした。ベレットさんは店の出口までついて来て見送ってくれた。



 しかし、いつ来てもお客さんがいないのだがこの店は大丈夫なのだろうか?


「ワイバーンの卵だけど『なんでもMONちゃん』に持ってきてよかったな」


「これから少し大きくなれば体もしっかりして見た目も良くなるかもしれませんが、わたしから見てもあまりかわいくは感じませんでした」


「買う人が出て、少しでもお店にお客が入ればいいな」


「そうですね。シローを買った時見たツインテールキャットがまだいましたから流行はやっていないようです。ただ、生身の犬猫いぬねこと違い、魔石を与えなければ大きくはならないので商品価値は変わっていないと思います」


「商売ってそれなりに大変なんだな」


「私たちでは商売は無理でしょうが、幸い私たちはこれから先お金に苦労することはおそらくないでしょうから良かったですね」


「その分うちの連中に働いてもらっているけどな。いずれみんなに恩返しをしなくちゃな。いやその前に俺はアスカに恩返ししなくちゃいけないか。アスカ、俺に何かしてもらいたいことがあったら言ってくれないか?」


「ありがとうございます。その言葉だけで十分です」


「今はいいから考えておいてくれよ」


「わかりました。じっくり考えておきます」




「そろそろ昼時ひるどきだろ? 今日は昼食を断って屋敷を出てきたから、どこか良さそうなところに入ろうか」


「そうですね。評判は良いというお店がすぐ近くにありますからそこに行ってみましょう」


 アスカの後について入った食堂は、それなりに大きな食堂で、入り口で出迎えた店の人に二名と人数を告げると、入り口のすぐ脇にあった階段で二階に案内された。一階のちょっと見は、家族連れやグループが多いようで、それなりに繁盛はんじょうしているようなので、味は期待してもよさそうだ。


 俺たちは二階の二人席に案内されたのだが、二階は二人席が多く、お客はたいてい男女のカップルのようだった。何だか俺たちが場違いのような気もしたが、よく考えたら、俺とアスカもはたから見ればカップルだった。


 俺の場合、料理などは食べてしまえば、おいしいとか、そうではなかったとか感想は出てくるが、メニューを見ても何が食べたいというものがないので、たいていは定食風なものを頼んでいる。


 ということで、俺は適当に定食っぽいセットメニューに決め、アスカも似たようなセットメニューに頼むようだ。


「マスター、ここの店の名前は『キキョウ』というようですが、マスターの世界の花の名まえに似ていますね」


「不思議なこともあるもんだな。ヤシマダンジョンもそんな感じだしな」


「なにか、理由があるのかもしれませんね。マスター、単品でこの生カキのカクテルを頼んでみませんか?」


「この季節のカキって大丈夫なのかな?」


「私自身は当然大丈夫ですが、マスターも何かあれ『万能薬』もありますから大丈夫でしょう」


「そう言われればそうなんだろうけど、なんか嫌だな。カキは冬になってからにしないか」


「それなら、こちらのエビのカクテルにしますか?」


「うん、エビならいいんじゃないか」


 注文内容を決めたので、係りの人を呼んで、注文を伝えた。ついでに店名の『キキョウ』について聞いてみたら、紫色の花の名まえだった。うーん、不思議だ。



 注文した飲み物みずだけはすぐにテーブルの上に置かれたのでそれを飲みながら、


「メニューに絵がついていればいいんだがな」


「そういった物もいずれこの世界でも出てくるのでしょうね」


「マーサの宇宙船の修理が終わったら、迷惑がかからないのなら、カメラを作ってもらいたいな。カメラがあったらみんなでいろいろなところを巡って写真を撮って後から楽しめるものな」


「それは楽しそうですね。新しいダンジョンができるまであと一年。待ち遠しいです」


「そうだな」



 話をしていたら、料理が運ばれてきた。別わくの一品料理のエビのカクテルは大き目の器の周りにむきエビがぐるりと並べられて、その器の真ん中におかれたガラス製の小さな器の中にピンク色のカクテルソースが入っていた。そのソースを各自手にしたエビに付けて食べるようだ。


「エビ、おいしそうだな」


「そうですね」


 俺とアスカが食事をしていたら、だんだんお客が増えてきた。案内された時には近くのテーブルには他のお客はいなかったのだが、俺たちのテーブルのすぐ近くにもお客さんが座り始めた。


 ということで、近くに座った二人連れの会話が聞こえてきた。


『来週の武術大会楽しみだなー』


『そうね。わたしは、優勝候補ナンバーワンのコダマ伯爵の一点買いで金貨2枚かけたわ』


『金貨2枚はすごいけれど、倍率が2倍もないんだろ?』


『それは仕方ないでしょう。今やSランク冒険者なのよ。もう一人のSランク冒険者のエンダー子爵が参加しない以上コダマ伯爵が負ける理由がないわ』


『夢がないなー、って。……、あれ? すぐそこに座っているのがコダマ伯爵にエンダー子爵じゃないか?』


『まさか。……。まさか! まさかだったじゃない。すごい。近くで初めて見た。ちゃんと優勝してくれるよう励ましてこよう』


『止めておけよ。二人きりでせっかく食事しているところにお邪魔したら悪いだろ』


『それはそうね。

 ねえ、あの二人付き合っているのよね』


『付き合っているもなにも同じ屋敷に住んでるそうだよ』


『ほんと? 知らなかった。二人ともかなり若く見えるけれどもけっこう大胆なんだね』


 ……。




 まあ、はたから見れば俺とアスカは付き合ってもいれば同棲もしている。いわゆるんだカップルなのだろうな。


 一緒に向き合って、こうやっておんなじ器から同じものエビを食べている俺たちは、はたから見るも何も、よく考えたらカップルそのものだった。


 アスカには今の会話は聞こえたのだろうが気にせず食事していました。


[あとがき]

今回は、ちょっと露骨でしたか。花言葉などに興味のある読者の方ならミエミエでしたね。

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