第411話 武術大会1、特訓


 屋敷に戻って、居間のソファーに座ってすっかりリフレッシュの効果が霧散むさんしてしまった首や肩を動かしてコリコリしていたら、シャーリーとラッティーが白い大きな紙を持ってきて壁に貼りだした。その紙の上には何やら見たことがある表が書いてある。


 ニコニコしながらシャーリーとラッティーが俺のところにやって来て、


「ショウタさん、武術大会、頑張ってくださいね!」「ショウタさんなら優勝間違いなしだよね!」


「あ、ありがとう、二人とも。頑張るよ」


 こうして、外堀そとぼりもすっかり埋められてしまった。しかたない。明日・・からみっちり訓練するか。その前にルールくらいはアスカに確認しないとな。


「で、武術大会のルールってどうなってるの?」


 俺の隣りで、ふてぶてしく座っているアスカにたずねたところ、


 参加選手は、主催者側の用意した木製の武器を使って時間無制限で試合を行い、先にPAプロテクションオーラが全損した方が負けというシンプルなものだそうだ。


 防具類は攻撃にも使える盾は大会側の用意した木の盾を使うことになるがそれ以外は自由だそうだ。従って、防御のことだけを考えれば金属製の全身鎧などが断然有利になるのだが機動力が極端に落ちるうえ倒れてしまうと容易に起き上がれず一方的にボコられて終わってしまうらしい。そのためそういった防具を使う選手はまずいないそうだ。


 PAが全損したことの確認は、選手が自己申告するか、PAを全損して選手がケガをしたところを選手一人に一人つく副審が判断するということだ。


 多くの場合はPAが全損したところでダメージは止まらずなにがしかのケガを負ってしまうので、ヒールポーションなどは用意されているがそれなりに痛い思いはするようだ。


 しかし、俺のように圧倒的にPAが多い選手はそうとう有利になってしまうのだがそれでいいのだろうか?


「武術大会ですからそういったことも加味しての実力勝負になります」


 だそうだ。それならば、俺自身は痛い思いをしそうではないし、大したこともないのかもしれない。


「ただ、冒険者でたったの二人しかいないSランクの冒険者がここで不覚をとるようではわざわざ新たにSランクを創設してくれた冒険者ギルドに対して示しはつかないかもしれません」


 アスカさん、どうしてそこでプレッシャーをかけてくる。そんなに言うなら自分が出ればよかったじゃないか。


「私が出てしまうと、PA云々うんぬん関係なく相手選手が文字通り消し飛んでしまいます」


 そういえば、アスカは俺には手加減してくれるけれど、実際は手加減は苦手とか言ってたものな。相手選手が風船のように爆発したらそく大会中止だろう。


「そうそう、この武術大会は国が主催する賭けが行われています」


「どういった賭け?」


「優勝者を当てるものが最もポピュラーです。あとは各試合の勝ち負けです」


「シンプルでいいな」


「うちの者たちは全員マスターの優勝一点に賭けるといっています」


 まーた、プレッシャーをかける。


 だが、ここまで来るとあきらめの境地だ。やってやろうじゃないか。


「夕食まで時間がありますから、さっそく着替えて訓練を始めましょう!」


 いや、そういった意味ではなかったんだよ。アスカさん。





 アスカにはめられ、さらに口車に乗せられ、そしてこうやって俺は南の草原くさはらでアスカと武術大会に備えた特訓を開始した。シャーリーを始めうちにいた女子たちで手のいていた連中も見物に集まってきてしまった。


 今回俺の持つ得物はいつもの『進撃の八角棒』ではなく大会に合わせてアスカが作ったタダの木の丸棒だ。注意すべき点は、丸棒を折らないことかもしれない。折れた場合は素手での格闘技ということになるがそんな特技は俺にはないので短くなった棒を振り回すしかない。


 武術大会なので、魔術や武術に関係のないスキルは使ってはいけないと思うが、そこのところをアスカに聞いてみたところ、


「もちろん使って構いません。そういった意味では、武術大会と銘打めいうっていますが、何でもあり、強い者が勝つという武芸ぶげい大会というほうが適していると思います」


 なるほど、そうだとするとますます俺が有利になるのか?


 いや、これまでまともに魔術師とやり合ったことがないから、俺も心してかからないといけないか。


 いずれにせよアスカはそのへんを考慮して特訓してくれるのだろうから、俺の心の平安のためにも、何とかなると思っておこう。


「それでは始めましょう。マスターの収納スキルを使った直接攻撃は相手を一撃でたおしてしまいますから、今回は封印してください」


 それはそうだ。相手の体が爆散してしまったら、大ごとだ。


 冗談みたいな『なんちゃってエアカッター』でさえ相手の部位を簡単に切断できる凶悪な攻撃だものな。


 手にした木の丸棒、便宜的べんぎてきに名前を『マルちゃん』とでもつけておくか。赤と緑に色付けしたら、目がチカチカしてある程度敵にプレッシャーを与えることができるかも知れない。


 俺は『マルちゃん』を両手で構えアスカににじり寄る。対するアスカは、いつぞや騎士団に押しかけた時に使った木刀だ。名前は確か『洞爺湖とうやこ1号』。


 あの時は『洞爺湖2号』も持っての二刀流だったが、今回は両手で『洞爺湖1号』を持っている。大会で二刀流は少ないだろうから、当然かもしれない。


 どうせアスカには勝てるわけもないので、今回もアスカの動きに精いっぱいついていくことだけを考えよう。



「木の棒の場合、横合いからの棒の側面による打撃は、棒自身に負担がかかり破損の可能性が高まります。相手に当てるつもりの攻撃は突きを基本とした方が無難です」


 明日香の言っていることは理解できるが、理解できるということと俺が実践じっせんできるということは天と地ほども違うのだよ。



「ショウタさん、頑張ってー!」「ショウタさーん!」


 シャーリーとラッティーの黄色い声援はうれしいが、そういった声援が重荷になることもある。他の女子たちは何かを悟っているのか、声援をとばしてはいない。それはそれでさびしく感じてしまう。


 おっと!


 ちょっとよそ見をしていたら、アスカが軽く切り込んできた。明らかに俺の『マルちゃん』狙いだ。その程度は俺でも反応できる。


 一歩引いて、アスカの間合いから『マルちゃん』を外しておく。ここで、中途半端に外すと、もう一歩踏み込まれるので、大げさなくらい丸棒を手元に引き寄せなければいけない。引き寄せた丸棒は、後ろの方が長くなるのでそれを回転させてもいいし、もう一度右手のひらにらせながら左手で突いても良い。今回の場合は回転は禁物なので、俺の取りうる行動はアスカに読まれるはずだ。


 読まれているならその読みを上回ってしまえばいいだけなので、まだ俺の丸棒の間合いの中にいるアスカの胴を狙って、右足を一歩前に出しながら丸棒を握った左手を思い切り突き出した。


 バチーン!


 突き出した丸棒がアスカの真上から斬撃で叩き折られてしまった。


「アスカ、これじゃあ訓練にならないじゃないか」


「申し訳ありません。あまりの見事な突きに、つい力が入ってしまいました」


 以前にも同じ言葉を聞いた気がする。ようはほとんど進歩していないという訳か。ただ、前回はすごく手のひらは痛かった記憶があるが今回は全く痛くなかった。実は俺もすごく進歩しているのか?


「いえ、丸棒が折れたため、衝撃がマスターの手元まで伝わらなかったため、さほど痛くなかったのだと思います」


 言われてみれば納得だ。杖術の訓練などほとんどやっていなくて勝手に上達するはずないものな。


「マスター、やはりただの丸棒では訓練にならないようですから『進撃の八角棒』で訓練を再開しましょう」


「そうだな。一応握りや重さにそこまで違和感なかったから、試合前にもう一度丸棒を握って慣らすくらいでも問題ないと思う」


「試合場では杖術用の棒も何種類か用意されているようですから、なるべく丈夫そうなものを選ぶようにしてください」


 そういうことで『進撃の八角棒』を取り出して改めてアスカと向き合う。


「ようし、それじゃあ、仕切り直しだ、行くぞ!」




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