第409話 大人の階段

[まえがき]

旧作122話、大人の階段に加筆修正したものになります。

◇◇◇◇◇◇◇



 今回の冒険者ギルドからの依頼自体は簡単に終えることもできたし、いちおうワイバーンの移動の原因も目星を付けることができた。


 しかし、ドラゴンの墓場を発見するとはな。キラキラの光り物の山もあれだけ見つければ、いくらガラクタが入っていたとしても、相当な財産になるだろう。実は俺はこの大陸有数の大金持ちかもしれないな。ということはこれからあくせく働く必要はないということだ。ハハハハ。いまも、あくせく働いてはいないから一緒か。


 そういった楽しいことを考えて気をまぎらわせていたが、このところの新しい出来事の連続で疲れが溜まってきたようだ。もちろん肉体的な支障など何もないのだが、どうも肩のあたりが重く感じる。



 自室の高級椅子に座って首を左右に傾けて、コリコリやっていたらアスカがお互いの部屋に通じる扉を開けて直接俺のところにやってきた。


「マスターのコダマ伯爵家のことですが」


 いきなり珍しい話題をアスカが振って来た。


「何かあったか?」


「何もありませんが、マスターに何かあった場合の話です。マスターに何かあった場合、コダマ伯爵家が途絶えますから、後継ぎを早めに作りませんか?」


 本当にいきなりだな。


「アスカが俺を守ってくれるんだろ。だったら俺に何かあるわけないだろ」


「もちろんそのつもりですが、世の中に絶対ということはありません」


「そうかもしれないな。それじゃあ、アスカのエンダー家はどうなんだ」


「私に何かあるはずは絶対ありません」


 こっちは絶対かい。


「マスター、こういうことは早めにはっきりさせておかないと、お家騒動の元です」


 アスカのヤツ、テレビもないのに妙な芝居しばいでも見たのかな? 


「うちの跡継ぎなら、シャーリーのつもりだからそれでいいじゃないか」


「シャーリーを今跡継ぎに指名してしまうと、マスターに実際に子どもができた時に問題が起きますので、当面だとしても後継ぎには不向きだと思います」


「ふーん。だけど、俺は結婚もしてないんだから、子どもなんか作れないだろ」


「ですから、どういった形であれ臨んだ時に跡継ぎを作れるよう、あらかじめ体を慣らしておきしょう」


「慣らす?」


「王都には、お金さえ払えば、体を慣らしてくれる場所があるそうです」


「お、おう」


 そりゃあ、俺もいまだに男子高校生の気概きがいを忘れたわけではないので興味はある。


「マスター、私が案内しますから、ついてきて下さい」



 妙に積極的なアスカに連れられて、大通りから二本ほど裏に入った通りを歩いている。こういった通りは、夜になると人通りも多くなるのだろうが、今の時間だとほとんど人が歩いていない。歩いているのは小さな子どもを連れた奥さんか老人くらいだ。


 さすがにそういった・・・・・場所に行くのに駆け足はないので、アスカと二人で歩いて来たのだが、アスカが勧めるだけあって通りもきれいに清掃され、道の両側に立ち並ぶお店の中には、八百屋や雑貨屋などもある。俺の想像していたそういった・・・・・店が立ち並ぶ街の一角という感じはしない。


 通りを歩いているうちに、とうとう俺も大人の階段を上ってしまうのかと期待と不安で心臓がバクバクし始めた。



「マスター、ここです。付き添いはここまでですので私は外で待っています。予約していますので、入り口の受け付けで、名前を言ってください」


 俺の知らぬ間に予約までしていたらしい。手回しが良すぎるのだが。


「アスカ、視覚共有なんかでのぞくんじゃないぞ」


 一応釘は刺しておく。


「視覚共有の話をまだ覚えてるんですか? あれは冗談です。共有できるのはミニマップだけですから安心してください」


ほんとかな?




 入り口の横の受け付けで名前を名乗る。対応してくれたのは、スタイル抜群ばつぐんの美人のお姉さん。期待が膨らむ。


「本日はフルコース・・・・・ということでご予約いただいているコダマさまですね。代金の方はいただいておりますので結構です。では、お部屋にご案内します。お部屋は二階ですのでどうぞ」


 フルコースとは、いったいどんなサービスなんだ? 今日、俺は大人の階段を二階までと言わず、三階くらいまで駆け上っちゃうのか?



 美人の受付女性に案内されて、期待と不安を胸に、二階への階段を一歩一歩登っていく。これが大人への階段なんだ。感慨深いものがあるな。


 二階の廊下を進み奥の部屋に通された。こざっぱりした小部屋で清潔感がある。その部屋のまん中に細めのベッドが一つ。真っ白なシーツが敷かれて、小さな枕が置かれている。


「そこに腰かけてお待ちください。すぐに施術者しじゅつしゃが参りますので」


 施術者? こっちの世界ではそういった・・・・・女性を施術者と呼ぶのか。なんかすごい術でもあるのだろうか?


 どうでも良いけど鼓動のバクバクが止まらない。


 受付女性が部屋を出ていきしばらくしたら、部屋の照明が怪しく揺れ始めた。


 おおっ! 雰囲気ふんいきが盛り上がってキター! 部屋の色がピンクに染まっていくような錯覚さえ覚えてしまう。


 フッフッハー、フッフッヒー。


 落ち着け俺。




「お待たせしました。ベッドの上でうつぶせになって楽にしてください。施術を始めます。照明の調子が悪いようですから、しばらくお待ちください」


 部屋のドアの方から野太いおっさんの声がした。


 体の中から急に何かが抜け出ていったような。


 すぐに照明の調子も直り、ほんの先ほどまで感じていたピンクの雰囲気が真っ白に塗り替えられた。


 ……。


 ボキリ、バキリ、ググググ。体中を伸ばされ、ねじられ、曲げられた。


 それから約二時間、俺の勝手な期待は裏切られたが、筋肉ムキムキのおじさんによる整体術の施術しじゅつを受けた俺は、最近の目新しいことに遭遇した精神からきたと思われる妙な疲れもすっかり取れ、普段の体調を取り戻した。


 アスカは何に俺の体を慣らそうとしたのかはわからないが、凄く体が軽くなったのは確かだ。ボキリ、バキリ、ググググが今後俺のそういった能力を増強するのに役に立つのだろうか?



 店の前で待っていたアスカに一言礼を言ったら、無表情のアスカが笑ったように見えた。この店というか整体院、看板くらい出しとけよな。




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